2016年02月09日

Coffee Break箴言・48 謙遜は栄誉に先立つ。(箴言15章30節〜33節)



 目の光は心を喜ばせ、
 良い知らせは人を健やかにする。(30節)


 「目は心の窓」ということわざがあります。心に喜びがあるかどうかは、目に現れます。「目が輝くような良い知らせ」を聞くことは、健康に良いのです。
「良い知らせ」とは、神のことばです。いくら楽しいニュースでも、ただ自分に都合のよいだけの話は、本当の幸いかどうかはわかりません。
 また、聖書、目は、心の目を含みます。アブラハムのそばめハガルが息子イシュマエルと荒野を放浪し、渇いて死のうとしていた時、神が彼女の目を開かれたので、ハガルは井戸を見つけた(創世記21章14節〜19節)とあります。これは、「心の目」だと言えます。

 近頃、マスコミでは、「人を健やかにする」情報を目にしない日はありません。健康に良いサプリやエクササイズ、食事、生活態度、住まい方や衣服、もちろん、医学情報も満載です。すべての人が健康で当たり前、どんな病気も治癒出来て当たり前であるかのような前提があるとしか思えないほどです。高齢者向けの情報はとくに豊富で、まるで、人が「死ぬ存在である」ことを忘れさせてくれるほどです。
 病気の時に適切な治療があること、栄養や暖房や衣服で病気を未然に防ぐのはもとより、私たちの希望ですが、でも、ほんとうの「健やかさ」の前提は、「良い知らせ」でしょう。壮健な肉体と有り余るお金と名声を持っても、心が荒んでいては何もなりません。

 心の問題は、精神〈医学〉の対象である以上に、たましいの問題、霊の領域の問題、神の眼差しの問題ではないでしょうか。


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 いのちに至る叱責を聞く耳のある者は、
 知恵のある者の間に宿る。(31節)
 訓戒を無視する者は
 自分のいのちをないがしろにする。
 叱責を聞き入れる者は思慮を得る。(32節)

 心を健やかにする良い知らせは、神の基準にとどかない私たち人間には、とうぜん叱責に聞こえます。「良薬は口に苦し」なのです。それを聞く耳を持つ者が、知恵があると言われています。「訓戒を無視する者は、自分の命をないがしろにする」いうのも、至る所に実例を見ます。暴飲暴食で健康を壊す者、気ままな生活態度で仕事を失う人、傍若無人に振る舞って、法に触れ警察の厄介になる者。自分の自由に振る舞った結果は、たいてい周囲との大きな摩擦を起こし、けっきょく、自分の命を危険にさらすのです。

 主を恐れることは知恵の訓戒である。
 謙遜は栄誉に先立つ。(33節)

 箴言の訓戒は、その原点に戻ります。主を恐れることが知恵なのです。
 謙遜とは、人間に対して謙遜のふりをすることではなく、神様の御前に謙遜なことです、と改めて自分に言い聞かせるのです。







posted by さとうまさこ at 10:06| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする