2016年02月12日

Coffee Break箴言・51 人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。(箴言16章7節〜12節)



 主は、人の行ないを喜ぶとき、
 その人の敵をも、その人と和らがせる。(箴言16章7節)
 正義によって得たわずかなものは、
 不正によって得た多くの収穫にまさる。(8節)

 16章の冒頭は、「人は心に計画を持つ。主はその舌に答えを下さる。」です。
 その主のお答えがそのあとに、書かれています。

 人は心に自分の道を思い巡らす。
 しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。(9節)

 自分の道を思い巡らせるとき、だれでも、それを確かにするのは「自分だ」と思うのは、ある意味自然です。結婚したければ婚活したり、恋人にプロポーズしたり、また経済的な準備をしたりしなければなりません。進学や就職を成功させるための勉強は自分がしなければなりません。それは自分が「する」のです。けれども、それだけでは不十分です。どんなに努力して完璧な準備をしたと思っても、すべてを采配しておられる方に祈り、より頼みなさいと、箴言の語り手は諭します。

 すべてを采配しておられる方は、主(神)です。これは、たぶん、世界や時間を広く生き、経験を重ねるほどわかって来ることなのではないでしょうか。
 王として頂点を極めたソロモンだからこそ、人間が心に持つ計画の「限界」をよく知っていたでしょうし、実感として、神が世界を支配しておられることが、「見えて」いたのではないでしょうか。

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 王になること自体が、神の選びです。
 ソロモンの母はバテ・シェバです。彼女が、ダビデの何人もの妻の一人だったことは、当時の社会習慣の結果でした。ダビデには名前がわかっているだけで八人の妻(※)がいて、側女もたくさんいました。
 バテ・シェバが特別であることは、聖書読者ならだれでも知っています。ダビデの生涯の拭いがたい大きな罪の元になった女性だからです。ダビデとバテ・シェバが不倫を犯した時の子は死にました。そして、その後に生まれたソロモンは、結局ダビデの王国を引き継いだのです。これは、成り行きを見る限り、母バテ・シェバの政治力と機転があずかって力を発揮したようです。

 Uサムエル記・T列王記を読むと、バテ・シェバはなかなかしたたかな女性であることが見て取れます。そうだとしても、ソロモンが王位につけたのは不思議なことです。ダビデに王子はたくさんいたのです。有力なライバルだった、アムノン(Uサムエル記13章)アブシャロム(Uサムエル記14章〜18章)、アドニヤ(T列王記1章〜2章25節)などはいずれもダビデに可愛がられ,また容姿端麗で民の心を盗むだけの魅力もありました。ところが、それぞれに自滅していくのです。

 ソロモンは、自分の王座は神に対して責任があることを、充分理解していたはずです。
 つぎの言葉は、王に対する神のことばであると同時に、ソロモンの自覚でもあったと思います。

 王のくちびるには神の宣告がある。
 さばくときに、その口に誤りがない。(10節)
 正しいてんびんとはかりとは、主のもの。
 袋の中の重り石もみな、主が造られたもの。(11節)
 悪を行なうことは王たちの忌みきらうこと。
 王座は義によって堅く立つからだ。(12節)

    ミカル、アビガイル、アヒノアム、マアカ、
     ハギト、アビタル、エグラ、バテ・シェバ、






posted by さとうまさこ at 09:55| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする