2016年02月14日

Coffee Break箴言・53 くじは、ひざに投げられるが、そのすべての決定は、主から来る。(箴言16章26節〜33節)



 働く者は食欲のために働く。
 その口が彼を駆り立てるからだ。(箴言16章26節)

 これはまた、率直な言葉ですね。生活のためだけに働いている人は、つき詰めれば、「食うため」に働くと言うでしょう。だれも、この本音を非難することはできません。あり余る資産でもないかぎり、自分で自分を養うのです。
 食欲のためでも「働きたくない」者は、人に寄生するか、盗むか、飢え死にするしかありません。飢え時にはなかなかできませんから、よこしまなことを考えます。

 よこしまな者は悪をたくらむ。
 その言うことは焼き尽くす火のようだ。(27節)

 悪は、悪を招きます。盗んだりだましたりすれば、それをごまかすために嘘をつきます。心が曲がってきます。自分の嘘を正当化するために、陰口もたたきます。陰口はたしかに人間関係の信頼を壊すのです。

 ねじれ者は争いを巻き起こし、
 陰口をたたく者は親しい友を離れさせる。(28節)

 もっと悪いのは、自分の悪を正当化するために他の人を悪の道に引き込むことです。

 暴虐の者は自分の隣人を惑わし、
 良くない道へ導く。(29節)
 目くばせする者はねじれごとをたくらみ、
 くちびるをすぼめている者は悪を成し遂げた者だ。(30節)

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 しらがは光栄の冠、
 それは正義の道に見いだされる。(31節)

 ここでの「しらが」は、たんに高齢者のことではないように思います。聖書では、長寿は、神の御心に叶う人が神からいただくものとの考え方があります。
 悪をたくらんだりすれば、それだけでいのちを縮めるのです。長生きしている人、しらが頭の老人になるまで生きていられること自体が、「正義の道を歩いてきた」者のいただく祝福だったのではないでしょうか。
 
 怒りをおそくする者は勇士にまさり、

 怒りにかられたら瞬間に反応して、怒鳴ったりクレームを付けたりする人がいます。そのような態度は、周囲に対して一定の確かな効果があるので、短気を「自慢」する人さえいます。しかし、箴言の著者は言うのです。

 自分の心を治める者は町を攻め取る者にまさる。(32節)
 くじは、ひざに投げられるが、
 そのすべての決定は、主から来る。(33節)

 聖書では占いは禁じられていますが、くじは禁じられていません。ヨシュアとともにカナンに入ったイスラエルの民の相続地は、くじで決められています。(ヨシュア記18章19章)
 十二弟子の一人ユダが死んだ後、代わりの者を選ぶときにも、くじが用いられています。(使徒の働き1章23節〜26節)
 いずれも、神の国の歴史においてとても重大な局面です。
 たしかに選挙や協議で決めるのが合理的にも見えます。けれども、どんなに密議を尽くしても人間の考えには限界がありますから、くじで決めたのでしょう。この場合、くじに神の御意志が現れている。それに従うとみんなが思い、祈ることが前提です。





posted by さとうまさこ at 08:47| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする