2016年02月18日

Coffee Break箴言・57 愚かな者が思慮もないのに、知恵を買おうとして、手に代金を持っている。(箴言17章13節〜16節、創世記8章21節)



 善に代えて悪を返すなら、
 その家から悪が離れない。(箴言17章13節)


 最近、テレビなどでは、日本史の戦国時代がブームです。下剋上の時代の、この「国取り合戦」は、美しくドラマチックに語られます。主な戦国大名たちもみな知恵のかぎりに戦い、それぞれにりっぱであったように見えます。大勢の家臣団を率い、口に大義、手に武器を掲げて、いのちを賭けてしのぎを削って生きている人たちは、今の私たちから見るとある意味、魅力的です。
 しかし、神がご覧になったらどうでしょう。結局、人間から「悪が離れない」状態ですね。
 もっとも、人間が自分の力で正しくあろうとしてもそれは無理な相談だと、神ご自身が仰せられています。

 「わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。」(創世記8章21節)


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 争いの初めは水が吹き出すようなものだ。
 争いが起こらないうちに争いをやめよ。(14節)

 争いのタネはどこにでも転がっています。それこそ、思いがけず川の土手から「水が噴き出すようなもの」です。最初はアリの一穴でも、ほおっておくと堤防の決壊につながりかねません。そうなる前に、穴を塞ぐのが、知恵なのでしょう。

 悪者を正しいと認め、正しい者を悪いとする、
 この二つを、主は忌みきらう。(15節)

 これは、裁判の場を想定した言葉のようです。(参・出エジプト記23章7節
 人は、自分の利害や先入観、偏見から、なかなか「正しい」判決ができないことがあります。けれども、主はすべてを見通しておられます。このような過ちを、主は忌み嫌われるのです。

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 愚かな者が思慮もないのに、
 知恵を買おうとして、手に代金を持っている。
 これはいったいどうしたことか。(16節)

 今日では、資本(金)の論理で世の中が回っているといっても過言ではないでしょう。有能な人材も、おカネ次第で集まると思われています。成長する企業にはそれをけん引するような「頭のよい」リーダーやブレーンがいるのです。そのような人材がいなければ、高額な給料でヘッドハンティングしてきます。

 教育や訓練を受けるのにもカネが必要だとの思い込みが、世の中に蔓延しています。
 子どもをエリートに育てるために、両親が寝る間も惜しんで働き、事実上、家庭の団欒がないとしたら、箴言で父親が語るような「知恵」を、子どもに与えられるはずがありません。
 しかし、神を知らせることなく、人間の知識だけに価値を置く危険は明白です。あやしげなリーダーに率いられた国が、しばしば、信じられないような害毒を流すのは、歴史が証明しています。







posted by さとうまさこ at 10:23| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする