2016年02月25日

Coffee Break箴言・63 反抗する兄弟は堅固な城よりも近寄りにくい。敵意は宮殿のかんぬきのようだ。(箴言18章16節〜24節)



 人の贈り物はその人のために道を開き、
 高貴な人の前にも彼を導く。(箴言16節)

 箴言は、警句の前提として、ときに人間社会の現象を容赦なく説明します。人間は矛盾した者ですから、ときに正反対の警句が意味をもつのです。贈り物がうまく働けば力ある人とのコネに繋がるのです。賄賂も贈り物の一種ですが、賄賂の中でも、さばきを曲げたり人を依怙贔屓する場合にのみ、とくに神は警告しておられるのでしょう。

 最初に訴える者は、
 その相手が来て彼を調べるまでは、正しく見える。(17節)

 子どもの喧嘩を見ていると、この通りです。「Aちゃんが叩いた」などと、Bちゃんが手をさすりながら訴えます。「ぼく何にもしてないのに!」
 すぐにAちゃんがやって来て、両方の言い分を聞いてみると、その前にBちゃんがAちゃんの漫画を隠したなんてことがわかります。

 どうしても分けることのできないものの所有権などで争っている時、くじで決めるのは最善の方法かもしれません。たとえば、ハイキングに行った時に化石を拾ったとか、クラスで一人だけ代表としてテレビ出演出来るなんてときは、権利をくじで決めるのが一番すっきりするのではないでしょうか。

 くじは争いをやめさせ、
 強い者の間を解決する。(18節)

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 反抗する兄弟は堅固な城よりも近寄りにくい。
 敵意は宮殿のかんぬきのようだ。(19節)

 人はどういうきっかけで、敵意を持ち、人や世の中に反抗することになるのでしょう。悪意に満ちた世界観は、一度や二度の経験で生みだされるものではないのでしょうが、恨みや敵意が積もって心のしこりとなっている人は、人を寄せ付けません。仲良くしたいと思っても、敵意のかんぬきで心の扉をしっかりと押さえているからです。
 カウンセリングが必要な人に、親切な、また愛情のこもった態度を示しても、なかなか効果が得られないのは、カウンセリングの方法が間違っているとは限らないでしょう。

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 人はその口の結ぶ実によって腹を満たし、
 そのくちびるによる収穫に満たされる。(20節)
 死と生は舌に支配される。
 どちらかを愛して、人はその実を食べる。(21節)

 ふたたび、口と唇への警告です。発する言葉は、すぐに消えるように見えるのに、恐ろしい効果があります。おくればせながら、生に繋がる、良い実のなる言葉を発するようになりたいと思うのです。

 良い妻を見つける者はしあわせを見つけ、
 主からの恵みをいただく。(22節)
 貧しい者は哀願するが、
 富む者は荒々しく答える。(23節)
 滅びに至らせる友人たちもあれば、
 兄弟よりも親密な者もいる。(24節)

 男社会である聖書の世界でも、「良い妻」は男に幸せを与え、家庭を恵みに満ちた場にしたのです。共稼ぎが当たり前で、フィフティフィフティの夫婦関係の今日なら、配偶者選びは、なお大切でしょう。 
 さらに、出来れば、「滅びに至らせる友人」ではなく、「兄弟よりも親密な友人」をもちたいものです。





posted by さとうまさこ at 09:42| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする