2016年02月27日

Coffee Break箴言・65 思慮を得る者は自分自身を愛する者(箴言19章8節〜20節)



 思慮を得る者は自分自身を愛する者、
 英知を保つ者は幸いを見つける。(箴言19章8節)
 偽りの証人は罰を免れない。
 まやかしを吹聴する者は滅びる。(9節)
 愚かな者にぜいたくな暮らしはふさわしくない。
 奴隷が主人を支配するのは、なおさらのこと。(10節)
 人に思慮があれば、怒りをおそくする。
 その人の光栄は、そむきを赦すことである。(11節)

 箴言19章全体が人間の思慮について語っているように思います。思慮は品性のある生き方を導くのです。品性のある生き方とは、偽りの証人にならず、まやかしを言わず、ぜいたくな暮らしを追わず,主人を立て、たとえ、怒るような場面でもすぐに怒りを爆発させたりしない態度です。
 同時に上の者(王)の怒りを招くのも思慮のないことだと、警告しています。権力と力を持っている者は、
罰する権力と、人に与える力もあるのです。そのあたりを分別しなければいけないのでしょう。

 王の激しい怒りは若い獅子がうなるよう。
 しかし、その恵みは草の上に置く露のよう。(12節)

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 愚かな息子は父のわざわい。
 妻のいさかいは、したたり続ける雨漏り。(13節)
 家と財産とは先祖から受け継ぐもの。
 思慮深い妻は主からのもの。(14節)

 家族関係が、人の幸福度を大きく左右したのは、旧約聖書のイスラエルも今の日本も同じでしょうか。ただ、家族というものの由来は。見える努力や思慮だけでは判別できないところがあります。

 箴言には、しばしば愚かな子供が親を困らせる不幸が警告されていますが、子供も素質は、元々妻と二人の遺伝子です。教育も、身近に彼を育てる妻の力が大きいのです。しかし、その妻は、「主からの贈り物」なのです。ほとんどが、親同士が取り決めるような「アレンジメント結婚」の時代でも、妻がどういう女かは実際に結婚してみないとわかりません。結婚まで長く付き合い、同棲してお互いを知り、それから結婚する現代でも、結婚生活には、たくさんのミステリーがあるのは、離婚が増えていく一方なのをみてもわかります。
 「滴り続ける雨漏り」のような夫婦喧嘩が日常的では、家庭の幸福などあり得ないでしょう。

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 怠惰は人を深い眠りに陥らせ、
 なまけ者は飢える。(15節)
 命令を守る者は自分のいのちを保ち、
 自分の道をさげすむ者は死ぬ。(16節)
 寄るベのない者に施しをするのは、主に貸すことだ。
 主がその善行に報いてくださる。(17節)
 望みのあるうちに、自分の子を懲らしめよ。

 怠惰、反抗的な態度、自己卑下は、人の品性を損なうと警告しているようです。自分の道をさげすむことを戒めているのは、今の時代に通じる良い警告だと思います。プライドを傷つけられるのを恐れる反面、自分に自信が持てない人が案外多いのではないでしょうか。
 「望ましくない態度」を見たら、親は子を懲らしめよ。と繰り返されています。結局は、赤ん坊の時から青年時代の教育と環境が人を作るのだと、昔の人もわかっていたのです。
それにしても、つぎの警句はすごいですね。

 しかし、殺す気を起こしてはならない。(18節)
 激しく憤る者は罰を受ける。
 たとい彼を救い出しても、
 ただ、これをくり返さなければならない。(19節)
 忠告を聞き、訓戒を受け入れよ。
 そうすれば、あなたはあとで知恵を得よう。(20節)

 今日でも親に殺される子がニュースになりますが、懲らしめに「殺意」が伴っては、結局神から罰を受けるのです。確かに、甘やかしすぎてだめになる親子関係と同じくらい、「きびしすぎて」壊れてしまう関係もあります。子どもにまた、救いを与えながら懲らしめる、この兼ね合いが知恵というのですね。






posted by さとうまさこ at 09:19| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする