2016年03月10日

Coffee Break箴言・77  若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。(箴言22章6節〜9節)



 若者をその行く道にふさわしく教育せよ。
 そうすれば、年老いても、それから離れない。(箴言22章6節)

 三つ子の魂百までというのは、おそらく真実ではないでしょうか。地上生活における性格上のさまざまな癖は、幼いときにすでに基礎が出来上がっているような気がします。それは生まれた場所が不遇だったことと、必ずしも一致しないでしょう。問題は、大人が子供をどのように教育するかにかかっています。
 「将来行く道にふさわしく」教育するのです。とくにソロモンの時代は階級や立場もはっきりしていたでしょうから、若いうちにふさわしい態度や技術を教えるのです。身の程を教えられなければなりません。
「そこから離れない」の「そこ」は、神の民の自覚でしょうか。「主を恐れること」ことを教えるのが、基本です。

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 富む者は貧しい者を支配する。
 借りる者は貸す者のしもべとなる。(7節)
 不正を蒔く者はわざわいを刈り取る。
 彼の怒りの杖はすたれる。(8節)

 箴言は、人間の貧富の差や、上下の差、力関係についてじつに容赦のないところを記しています。
 今日の私たちが住んでいるのは、民主主義や公平平等が当然の建前の世界です。ですから、権力の悪や差別、貧富の実態などは訂正されるべきだという論調で、世界を見ます。それは良いことなのですが、そのことによって、厳しい現実がかえってオブラートに包まれている可能性を見なければならないのではないでしょうか。

 ブラック企業が告発されていますが、形を変えて現れています。過労死するほどの労働も同じです。働いて賃金を得て暮すしかない者は、「富む者」に支配されるのです。お金を貸す側の銀行や金融業者がどれほど強いかは、社会問題や社会現象の報道に現れています。

 ただ、私たち神に信頼する者には、それでも、希望があります。神が報復して下さるはずだからです。
 「怒りの杖」で貧しい者弱い者を追いたてるような者は、結局自分が蒔いた災いを刈り取るというのです。

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 善意の人は祝福を受ける。
 自分のパンを寄るベのない者に与えるから。(9節)

 余っているパンは寄るべのない者に与えよというのが、神様の御命令ですね。
 飢饉を見通して備蓄したヤコブの息子ヨセフは、大きく祝福されています.祝福の結果として宰相にまで上り詰めました。そうして、大勢の飢饉の被災者に穀物を売ることができたのです。
 さらに、その権力のおかげで、イスラエル一族がエジプトに移住することができ、そこでじっくり数を増やして、イスラエル民族が形成されたのです。
これとは対照的な貯蔵の例がルカの福音書に記されています。
 金持ちが豊作の年に大きな蔵を建てて、すべての財産とともに仕舞込み、うそぶくのです。
 「これで安心だ。たましいよ。安心して食べて、飲んで、楽しめ」
 神様はこの金持ちに言われるのです。
 「愚か者。お前のたましいは、今夜お前から取り去られる」(ルカの福音書12章19節20節)

 知恵ある備蓄と貪欲な者の貯蔵との違いに、注意しなければと思わされます。






posted by さとうまさこ at 10:49| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする