2016年03月14日

Coffee Break箴言・81  貪欲な人の食物を食べるな。彼のごちそうを欲しがるな。(箴言23章1節〜8節)



 あなたが支配者と食事の席に着くときは、
 あなたの前にある物に、よく注意するがよい。(箴言23章1節)
 あなたが食欲の盛んな人であるなら、
 あなたののどに短刀を当てよ。(2節)
 そのごちそうをほしがってはならない。
 それはまやかす食物だから。(3節)


 私たちが一番誘惑を受けるのは、食べ物ですね。どのようにきれいごとを言う口も、りっぱな哲学も、信仰でさえ、「まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木」(創世記3章6節)が微笑みかけるとき、抗うことはできません。
 おいしい食事を味わってみたいということ自体は、罪ではないと思います。私たちは、神様から「感性」もいただいているのです。きれいなもの、楽しいもの、耳や目に快い物、美しさや洗練を愛するだけの知能もいただいているのです。ですが、ときに「理屈抜きで陶酔することができる感性」の世界は、サタンがもっとも待ち構えている場所ではないでしょうか。誘惑する者が働くのに、「甘い物・おいしい物」はとても良い道具になります。

 人を支配する人は、食べ物の価値をよく知っていて、「すばらしい食卓を用意」します。そこで並んでいるものに魅せられたとたん、私たちは誘惑に落ちているのかも知れません。
 受ける価値もないのに、豪華な食卓に招かれるのは、そこに隠された意図があるからですね。賄賂かもしれません。そのように見えなくても大きな借りを作ることになります。優劣の力関係もはっきりします。サタンは、人間のそういう不完全さに付けこんできます。

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 誘惑の一つに、「自分も金持ちになりたい。このような食卓に付ける者となりたい」があるかもしれません。招待してくれた金持ちの価値観にはまりこんでいるのです。

 富を得ようと苦労してはならない。
 自分の悟りによって、これをやめよ。(4節)
 あなたがこれに目を留めると、
 それはもうないではないか。富は必ず翼をつけて、
 わしのように天へ飛んで行く。(5節)

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 貪欲な人の食物を食べるな。
 彼のごちそうを欲しがるな。(26節)
 彼は、心のうちでは勘定ずくだから。
 あなたに、「食え、飲め。」と言っても、
 その心はあなたとともにない。(7節)

 ここでは、食事に招いてくれた「支配者」を、「貪欲な者」と露骨に形容しています。正体は、「勘定づく」であると、はっきり言います。
 「飲め。食え」と言われてそれに乗ることは、一般的にも戒められているのです。昔から、分別のある人は「ただ飯は食うな」とさとしたのです。
 でないと、つぎのようになります。

 あなたは、食べた食物を吐き出し、
 あなたの快いことばをむだにする。(8節)








posted by さとうまさこ at 11:33| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする