2016年03月19日

Coffee Break箴言・86  悪を行なう者に対して腹を立てるな。悪者に対してねたみを起こすな。(箴言24章13節〜23節)



 わが子よ。蜜を食べよ。それはおいしい。
 蜂の巣の蜜はあなたの口に甘い。(箴言24章13節)
 知恵もあなたのたましいにとっては、そうだと知れ。
 それを見つけると、良い終わりがあり、
 あなたの望みは断たれることがない。(14節)

 箴言そのものが、知恵を求めなさいという訓戒です。24章は、踏み込んで、知恵がどのようなものかを説明しています。

 知恵のある人は力強い。知識のある人は力を増す。(同5節)
 愚か者には知恵はさんごのようだ。(7節)

 ここでは、知恵が蜂蜜にたとえられています。知恵は行使したり守ったりするために労苦を伴なうのではなく、「おいしい」「口に甘い」蜂蜜のように、たましいを喜ばせ養うのです。知恵を求めているかぎり、良い終わりがあり、望みが断たれることがないと言うのです。

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 知恵をもったものは、望みが断たれることがないのですから、悪者は、「知恵ある人」に戦いを挑んでも勝ち目はないのです。

 悪者よ。正しい人の住まいをねらうな。
 彼のいこいの場所を荒らすな。(15節)
 正しい者は七たび倒れても、
 また起き上がるからだ。
 悪者はつまずいて滅びる。(16節)

 倒れても倒れても起き上がるのを、七転び八起きなどといいます。人は時に、何度転んでも起き上がるように励まされます。しかし、人の頑張りには限界があります。箴言はその頑張りが、「正しい者=知恵ある者」に必然的に与えられるものだと宣言しています。
 ただし、と条件がつくのです。

 あなたの敵が倒れるとき、喜んではならない。
 彼がつまずくとき、
 あなたは心から楽しんではならない。(17節)
 主がそれを見て、御心を痛め、
 彼への怒りをやめられるといけないから。(18節)

 敵が倒れると、だれでも嬉しいものではないでしょうか。まして自分の命を狙っていた相手なら、手を打って楽しみたくなるでしょう。
 しかし、自分の住まいやいのちを狙った相手であっても、溜飲を下げて喜んだりするのは間違っているようです。なぜでしょう。そもそも、勝たせて下さったのは主であり、主は、すべての人の父であられるのです。

「天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです」(マタイの福音書5章45節)

 神様は、悪者さえお造りになったのですから、彼が悪いために転んだにしても、あなた(私)があまりに彼の失敗を喜んでいると、逆に悪者への怒りをやめられるかもしれない、のです。

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 悪を行なう者に対して腹を立てるな。
 悪者に対してねたみを起こすな。(19節)
 悪い者には良い終わりがなく、
 悪者のともしびは消えるから。(20節)

 大事なことは、隆盛な人を見ても、「腹を立てたり、ねたんだり」しないことだと戒められています。それが、悪であるゆえの成功なら、そんなものに、「良い終わりはなく」「悪者のともしびは消える」のです。

 わが子よ。主と王とを恐れよ。
 そむく者たちと交わってはならない。(21節)
 たちまち彼らに災難が起こるからだ。
 このふたりから来る滅びをだれが知りえようか。(22節)

 これらもまた、知恵ある者による。(23節a)







posted by さとうまさこ at 09:17| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする