2016年05月13日

伝道者の書24 わざわいなことよ。あなたの王が子どもであって、あなたの首長たちが朝から食事をする国は。(伝道者の書10章16節〜20節)



 聖書は一貫して社会の上下関係や支配関係を認めて、人々が権威にしたがうことを勧めています。支配の構造も権力も神様が与えて下さったとものであると、考えれば当然です。同時に、王が倒れるのも国が亡びるのも、神様がそうされたと、解釈できる個所はたくさんあります。ソドムとゴモラの滅亡(創世記19章24節25節)。隆盛であったアッシリヤやバビロンの滅亡、イスラエルの中でも北イスラエルは、つねに王が殺されて別の王朝が立ちました。預言者を通じて、家来に、陰謀を起こし王を倒すことさえ、神様は命じておられます。

 神様から権威と地位をいただいた者は、責任も果たさなければなりません。私たちの歴史において、結局のところ、権力者の交代で時代が変わっているのは、罪人である人間は、権力や権威にふさわしくありえないからでしょう。

 わざわいなことよ。あなたの王が子どもであって、あなたの首長たちが朝から食事をする国は。(伝道者の書10章16節)
 幸いなことよ。あなたの王が貴族の出であって、あなたの首長たちが、酔うためではなく、力をつけるために、定まった時に、食事をする国は。(17節)

 たしかに、子供(成熟しきれない者)が、上に立っていれば災難です。支配者が朝から宴会をしていては国は乱れます。

 「貴族の出」の意味は、高い地位にふさわしい教育と訓練を受ける機会があったということでしょう。今日でも、一般的に学歴が人を測る基準になっているのは、学びは、人をふさわしく整えると信じられているからではないでしょうか。たんに、専門知識があるとか、多くの外国語を話せる、礼儀を心得ていると言ったテクニカルな面だけなら、なにもいわゆる高学歴である必要はないかもしれません。

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 なまけていると天井が落ち、手をこまねいていると雨漏りがする。(18節)
 食事をするのは笑うため。ぶどう酒は人生を楽しませる。金銭はすべての必要に応じる。(19節)

 地位が上でも下でも、大切なのは、「勤勉」であるというのが聖書の命じるところです。楽園では、アダムもエバものんびりと園の管理をしていればよかったのです。けれども、楽園の外は、「顔に汗を流して糧を得なければならない」(創世記3章19節)世界なのです。
 苦しんで得た糧には、けれども、報いがあります。おいしいものを食べる時、自然に笑顔になります。少しのお酒も楽しいものです。お金で多くのものが買えるのも事実です。

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 王をのろおうと、ひそかに思ってはならない。寝室でも富む者をのろってはならない。なぜなら、空の鳥がその声を持ち運び、翼のあるものがそのことを告げるからだ。(20節)

 日本でも「壁に耳あり、障子に目あり」と言います。誰が聞いているかもしれないから、不要に陰口や批判をしてはならないと戒められています。けれども、ここで伝道者が戒めているのは、壁の向こうや障子の陰で立ち聞きしている人間のことではありません。人間も含めて、もっと大きな力、目に見えない存在のことです。
 私たちは、因果がかならずしもはっきりしない出来事に囲まれています。身に余る祝福に巡り合うこともあり、身に覚えのない難癖を受けることもあるのです。
 伝道者が終始私たちに語っていることは、「神を恐れよ」だと、覚えるのです。(伝道者の書12章13節)






posted by さとうまさこ at 09:37| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする