2016年05月25日

Coffee Break 雅歌8  恋人をほめたたえる(雅歌3章6節〜4章7節)



 没薬や乳香、
 貿易商人のあらゆる香料の粉末をくゆらして、
 煙の柱のように荒野から上って来るひとはだれ。(雅歌3章6節)
 見なさい。あれはソロモンの乗るみこし。
 その回りには、イスラエルの勇士、
 六十人の勇士がいる。(7節)
 彼らはみな剣を帯びている練達の戦士たち。
 夜襲に備えて、おのおの腰に剣を帯びている。(8節)
 ソロモン王は、レバノンの木で、
 自分のためにみこしを作った。
 その支柱は銀、背は金、
 その座席は紫色の布で作った。(9節)
 その内側はエルサレムの娘たちによって
 美しく切りばめ細工がされている。(10節)
シオンの娘たち。ソロモン王を見に出かけなさい。
ご自分の婚礼の日、心の喜びの日のために、
母上からかぶらせてもらった冠をかぶっている。(11節)

 この箇所の語り手は、当事者の男性、女性以外の第三者と考えられます。

 3章4節で、二人は寝室に入ったはずです。二人が結ばれ合う時になって、まるで別の場面を指し示すような歌が歌われるのです。
 これは、ソロモン王の行列のようにも見えます。豪華な輿に乗り、美しいばかりか、腕の立つ剣士たち六十人に警護された高貴な人。この意味は注解書でもさまざまな解釈を紹介しているだけです。(新実用聖書注解・いのちのことば社p930)

 この詩が「ソロモンの雅歌」であることを考えれば、この愛の場面が、一般的な「恋物語」ではないことを、読者に知らせるために挿入されたのかもしれません。
 私の考えでは、恋情はすべての人の心に、あらかじめ埋め込まれたものですから、貴賎、上下、教養、職業などの差はなく、ある時期、人の心に芽生えて来るものです。王侯貴族でなければ、恋ができないとなると、人類はとっくに滅びているでしょう。
 
 ただ、第三者には、地位のある男性に見初められる女性は、格段に美しく祝福されているように見えたことでしょう。そのような状況を彷彿させるために、加えられた場面かも知れません。

★★★★★

 ああ、わが愛する者。
 あなたはなんと美しいことよ。
 なんと美しいことよ。
 あなたの目は、顔おおいのうしろで鳩のようだ。
 あなたの髪は、ギルアデの山から下りて来る
 やぎの群れのよう、(雅歌4章1節)
 あなたの歯は、洗い場から上って来て
 毛を刈り取られる雌羊の群れのようだ。
 それはみな、ふたごを生み、
 ふたごを産まないものは一頭もいない。(2節)
 あなたのくちびるは、紅の糸。
 あなたの口は愛らしい。
 あなたの頬は、顔おおいのうしろにあって、
 ざくろの片割れのようだ。(3節)
 あなたの首は兵器庫のために建てられた
 ダビデのやぐらのようだ。
 その上には千の盾が掛けられていて、
 みな勇士の丸い小盾だ。(4節)
 あなたの二つの乳房は、
 ゆりの花の間で草を食べているふたごのかもしか、
 二頭の小鹿のようだ。(5節)
 そよ風が吹き始め、影が消え去るころまでに、
 私は没薬の山、乳香の谷に行こう。(6節)
 わが愛する者よ。あなたのすべては美しく、
 あなたには何の汚れもない。(7節)

 日本には「歯が浮くような」という比喩があります。見え透いたお世辞を揶揄する時に使います。ひと昔前までは、ラブレターというものは、「歯の浮くような言葉」を連ねると考えられていました。
 「苺のような唇」「天使のような瞳」「風にそよぐ緑の黒髪」などと、書き連ねて告白されると、どんな女性でも多少は心が揺さぶられるのです。しかし、当事者でない者が観察すると、多くは「歯の浮くような」気恥ずかしい言葉の羅列だったりするのです。

 とくに、日本の伝統では、容姿をことさら性愛の対象として、公けにする感覚はなかったと思います。伝統的な衣服のせいや儒教の影響もあるかもしれませんが、「あなたの二つの乳房は・・・」なんてことを書いた文章は、ポルノのような気がするのです。

 そんなわけで、雅歌の表現は、私たちにはいささか生々しく、まして、これを読むのが「主のしもべ」たちですから、はじめはたじろぐのではないでしょうか。





 

posted by さとうまさこ at 10:47| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする