2016年05月28日

Coffee Break 雅歌11 私は、私の愛する方のもの。私の愛する方は私のもの。(雅歌5章9節〜6章3節)



 女のなかで最も美しい人よ。
 あなたの愛する方はほかの愛人より
 何がすぐれているのですか。
 あなたがそのように私たちに切に願うとは。
 あなたの愛する方は、ほかの愛人より
 何がすぐれているのですか。(雅歌5章9節)

 恋の相聞歌に、第三者の視点が入ります。第三者と言ってもエルサレムの娘たちです。いつの時代も、他人の恋にもっとも敏感なのは女たち、とくに若い娘たちではないでしょうか。翻訳の言葉は「やさしい」ですが、ちょっとからかうような口調にも聞こえます。恋のうわさ話では、結局、このような視点「で、その人はどんななの。イケメンなの。カッコいいの。スポーツできるの。頭はいいの。お金持ち?
 女の子たちの関心は、いつの時代も同じなのでしょう。質問攻めの裏にあるのは、「ねえねえ。どうして、そんなに夢中になっているの
 
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 私の愛する方は、輝いて、赤く、
 万人よりすぐれ、(10節)
 その頭は純金です。
 髪の毛はなつめやしの枝で、烏のように黒く、(11節)
 その目は、乳で洗われ、池のほとりで休み、
 水の流れのほとりにいる鳩のようです。(12節)
 その頬は、良いかおりを放つ香料の花壇のよう。
 くちびるは没薬の液をしたたらせるゆりの花。(13節)
 その腕は、タルシュシュの宝石をはめ込んだ
 金の棒。
 からだは、サファイアでおおった象牙の細工(14節)
 その足は、純金の台座に据えられた大理石の柱。
 その姿はレバノンのよう。杉のようにすばらしい。(15節)
 そのことばは甘いぶどう酒。
 あの方のすべてがいとしい。
 エルサレムの娘たち。
 これがわたしの愛する方、これが私の連れ合いです。(16節)

 女性の答えには、「あーあ。ごちそうさま!!」ですね。
 いったいこのような男がこの世にいるのでしょうか。今なら・・・ニシゴリさん?。

 この男性がソロモン王だとしたら、たしかに、いま私たちが見るどんな男性も及ばないすてきな人だったに違いありません。
 10節の、「輝いて、赤く」は、血色がよいという意味です。(Tサムエル記16章12節)育ちが良く、健康で若くなければ、このような外見はありえません。

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 またしても、第三者(エルサレムの娘たち)です。
 恋の歌には、たしかに、「興味を持って」「聞いて」くれる人が必要です。
 まるで暖炉に空気を送り込むように、第三者の目は恋の炎を燃え上がらせてくれます。

 女のなかで最も美しい人よ。
 あなたの愛する方は、どこへ行かれたのでしょう。
 あなたの愛する方は、
 どこへ向かわれたのでしょう。
 私たちも、あなたといっしょに捜しましょう。(6章1節)

 質問はだんだん微妙な部分に触れているような気がします。
 恋は、もともとは秘め事です。すべては、二人だけのものなのです。けれども、それがあまりにすばらしいので、恋は人の注目の的になり、恋する人も、じつは、秘め事を洩らしたい欲求にかられるのかもしれません。

 私の愛する方は、
 自分の庭、香料の花壇へ下って行かれました。
 庭の中で群れを飼い、ゆりの花を集めるために。(2節)
 私は、私の愛する方のもの。
 私の愛する方は私のもの。
 あの方はゆりの花の間で群れを飼っています。(3節)

 美しく語られる秘め事も、究極のところは 「私は、私の愛する方のもの。私の愛する方は私のもの。」なのです。
 恋するということは、けっきょく「独占」なのですね。







posted by さとうまさこ at 10:50| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする