2016年08月23日

エレミヤ書72 国の崩壊を見る王たち4(エレミヤ書22章13節〜19節)



 エレミヤ書22章は、ユダの王たちに対する託宣になっている。(新実用聖書注解・いのちのことば社) この箇所がゼデキヤがエレミヤに求めた託宣(エレミヤ書21章2節)への答えなのか、別の機会に語られたのかは、文脈からはよくわかりません。
 しかし、ゼデキヤへの預言は、エホアハズに続く王たちの運命を知ることで、なお、そのメッセージが鮮明になることは事実です。
 なぜなら、彼ら(ヨシヤ王のあとの4人の王、エホアハズ、エホヤキム、エホヤキン、ゼデキヤ)は、国の崩壊を見る王たちだからです。
 
 最初のターゲットはヨシヤの子シャルム(エホアハズ)でした。
 彼はヨシヤの死後、エジプトのパロによって王位に就けられました。しかし、たちまち、ハマテの地リブラ(ダマスコの北、フェニキヤ人の国)に幽閉されてしまいます(U列王記23章33節)。その後エジプトに連行され、その地で死んだのです。(同34節)
 理由は、エジプトに降伏している身でありながら、バビロンに内通したことではないかとさとうは推測します。

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 預言は、次の王、エホアハズの兄弟エホヤキムに向かっています。彼はエルサレムで11年間王位にありましたが、主の目に悪を行ないました。

  「ああ。
  不義によって自分の家を建て、
  不正によって自分の高殿を建てる者。
  隣人をただで働かせて報酬も払わず、(エレミヤ書22章13節)
  『私は自分のために、
  広い家、ゆったりした高殿を建て、
  それに窓を取りつけ、
  杉の板でおおい、朱を塗ろう。』と言う者。(14節)
  あなたは杉の木で競って、
  王になるのか。
  あなたの父は飲み食いしたが、
  公義と正義を行なったではないか。
  そのとき、彼は幸福だった。(15節)
  彼はしいたげられた人、
  貧しい人の訴えをさばき、
  そのとき、彼は幸福だった。
  それが、わたしを知ることではなかったのか。
  ――主の御告げ――(16節)
  しかし、あなたの目と心とは、
  自分の利得だけに向けられ、
  罪のない者の血を流し、
  しいたげと暴虐を行なうだけだ。(17節)

 エホヤキムも、エホアハズと同じく、エジプト王が即位させた者でした。
 しかし、彼は崩壊に向かっている国を直視できませんでした。自分の地位を安泰にするために、パロに多額の金銀を贈りました。その結果、国民に多額の税の負担を強いました。また、不正なさばきを行なったりして、金を造りました。自分の欲望やぜいたくのために民を苦しめたのです。(U列王記23章35節)

  それゆえ、ヨシヤの子、ユダの王エホヤキムについて、主はこう仰せられる。
  だれも、『ああ、悲しいかな、私の兄弟。
  ああ、悲しいかな、私の姉妹。』
  と言って彼をいたまず、
  だれも、『ああ、悲しいかな、主よ。
  ああ、悲しいかな、陛下よ。』
  と言って彼をいたまない。(18節)
  彼はここからエルサレムの門まで、
  引きずられ、投げやられて、
  ろばが埋められるように埋められる。(19節)

 エホヤキムの悪業はバビロン捕囚で、ピリオドを打たれました。悪王エホヤキムがバビロンに打たれるのを、主・神は、放置なさいましした。彼は、バビロン王ネブカデネザルによって、青銅の足枷を付けられ、バビロンに引いて行かれたのです。第一回のバビロン捕囚です。(BC605年)





posted by さとうまさこ at 10:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする