2016年09月08日

エレミヤ書88 対立する預言のなかで――偽預言者、アズルの子ハナヌヤ。{エレミヤ書28章1節〜11節)



 その同じ年、すなわち、ユダの王ゼデキヤの治世の初め、第四年の第五の月に、ギブオンの出の預言者、アズルの子ハナヌヤが、主の宮で、祭司たちとすべての民の前で、私に語って言った。(エレミヤ書28章1節)
 「イスラエルの神、万軍の主は、こう仰せられる。わたしは、バビロンの王のくびきを打ち砕く。(2節)
二年のうちに、わたしは、バビロンの王ネブカデネザルがこの所から取って、バビロンに運んだ主の宮のすべての器をこの所に帰らせる。(3節)
 バビロンに行ったエホヤキムの子、ユダの王エコヌヤと、ユダのすべての捕囚の民も、わたしはこの所に帰らせる。――主の御告げ――わたしがバビロンの王のくびきを打ち砕くからだ。」(4節)

 ここでは、いよいよ偽預言者の一人の名前と、彼との預言の対決が描かれています。
 相手はギブオン出身の預言者、アズルの子ハナヌヤです。その預言の内容は、すでにネブカデネザルによって持ち去られている大量の主の宮の器も、二年のうちに返ってくるというのです。その時、仮に王ゼデキヤが、捕囚になっていても、連れ去られた民とともに戻ってくるのです。
 それは、エレミヤの厳しい預言とは対照的でした。

 そこで預言者エレミヤは、主の宮に立っている祭司たちや、すべての民の前で、預言者ハナヌヤに言った。(5節)
 預言者エレミヤは言った。「アーメン。そのとおりに主がしてくださるように。あなたが預言したことばを主が成就させ、主の宮の器と、すべての捕囚の民がバビロンからこの所に帰って来るように。(6節)

 エレミヤは「大人の対応」「礼儀正しい反応」をしています。一応ハナヌヤの預言に「アーメン。自分もそう願う」というのです。
 しかし、人間的は社交の態度と神のことばは別です。エレミヤは自分の語るべきことを語らないわけにはいきません。

 しかし、私があなたの耳と、すべての民の耳に語っているこのことばを聞きなさい。(7節)
 昔から、私と、あなたの先に出た預言者たちは、多くの国と大きな王国について、戦いとわざわいと疫病とを預言した。(8節)
 平安を預言する預言者については、その預言者のことばが成就して初めて、ほんとうに主が遣わされた預言者だ、と知られるのだ。」(9節)

 預言は、預言が成就して初めて、ほんとうに主が遣わされた預言者だとわかるというのは、辛辣ですね。しかし、それは聖書に根拠のある言葉なのです。(申命記18章22節)

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 しかし預言者ハナヌヤは、預言者エレミヤの首から例のかせを取り、それを砕いた。(10節)
 そしてハナヌヤは、すべての民の前でこう言った。「主はこう仰せられる。『このとおり、わたしは二年のうちに、バビロンの王ネブカデネザルのくびきを、すべての国の首から砕く。』」そこで、預言者エレミヤは立ち去った。(11節)

 ハナヌヤは、正論を言われて頭に来たのです。おびえたのかもしれません。エレミヤが首に付けているかせを取って砕いたのです。暴行しようとしたのでしょう。エレミヤは、それ以上いると危険なだけなのでひとまず、立ち去るのです。








posted by さとうまさこ at 09:54| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする