2016年09月13日

エレミヤ書93 解放の宣言・「あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる。」(エレミヤ書31 章1節〜8節)



 その日になると、――万軍の主の御告げ――わたしは彼らの首のくびきを砕き、彼らのなわめを解く。他国人は二度と彼らを奴隷にしない。(エレミヤ書30章8節)
 彼らは彼らの神、主と、わたしが彼らのために立てる彼らの王ダビデに仕えよう。(9節)
  わたしのしもべヤコブよ。恐れるな。――主の御告げ――
  イスラエルよ。おののくな。
  見よ。わたしが、あなたを遠くから、
  あなたの子孫を捕囚の地から、救うからだ。
  ヤコブは帰って来て、平穏に安らかに生き、
  おびえさせる者はだれもいない。(10節)

 神は、「捕囚からの帰還の日がくる」と宣言しています。その後は、二度と奴隷にされることはなく、ダビデ王朝を中心にヤコブとして存在できると仰せなのです。
 ここでヤコブと言われているのは、先に滅んだ北王国イスラエルの民をも含めているからです。もともと、イスラエル王国はヤコブの12人の息子の子孫・イスラエル12部族のものでした。帰還後に国を再建する者
に、アッシリヤ捕囚になった北イスラエルの民も加わるとの含みがあるのでしょう。

  わたしがあなたとともにいて、
  ――主の御告げ――
  あなたを救うからだ。
  わたしは、あなたを散らした先の
  すべての国々を滅ぼし尽くすからだ。
  しかし、わたしはあなたを滅ぼし尽くさない。
  公義によって、あなたを懲らしめ、
  あなたを罰せずにおくことは決してないが。」(11節)

 アッシリヤ、バビロン、エジプトなどは、罰を受け、ヤコブもその罪により神の罰を受ける。けれども、ヤコブを苦しめた大国が全部滅びるのに対し、イスラエルは生きのびると仰せです。

★★★★★

  まことに主はこう仰せられる。
  「あなたの傷はいやしにくく、
  あなたの打ち傷は痛んでいる。(12節)
  あなたの訴えを弁護する者もなく、
  はれものに薬をつけて、
  あなたをいやす者もいない。(13節)
  あなたの恋人はみな、あなたを忘れ、
  あなたを尋ねようともしない。
  わたしが、敵を打つようにあなたを打ち、
  ひどい懲らしめをしたからだ。
  あなたの咎が大きく、あなたの罪が重いために。(14節)

 苦しみを譬える聖書特有の表現が連なります。「傷、うち傷、弁護してくれる者がいないような訴え(非難中傷)、薬を付けてくれる者もなく、親しく愛し合った相手にさえ忘れられる。このような中にいる者は、涙、悲しみ、孤独に沈んでいるのです。

  なぜ、あなたは自分の傷のために叫ぶのか。
  あなたの痛みは直らないのか。
  あなたの咎が大きく、あなたの罪が重いため、
  わたしはこれらの事を、あなたにしたのだ。(15節)

 しかも、神は、「自分で転んだのだ。自分で痛みを作ったのだ」とは言われていません。聖書の神のすごいところは、「あなたの咎が大きく、あなたの罪が重いため、私がこれらのことをした」と言われます。
 ただ、神は、決して「打ちっぱなし」にはなさいません。愛する子を懲らしめた後には、フォローする親のように振る舞って下さるのです。

  しかし、あなたを食う者はみな、かえって食われ、
  あなたの敵はみな、とりことなって行き、
  あなたから略奪した者は、略奪され、
  あなたをかすめ奪った者は、
  わたしがみな獲物として与える。(16節)
  わたしがあなたの傷を直し、
  あなたの打ち傷をいやすからだ。
  ――主の御告げ――
  あなたが、捨てられた女、
  だれも尋ねて来ないシオン、と呼ばれたからだ。」(17節)

  主はこう仰せられる。
  「見よ。
  わたしはヤコブの天幕の捕われ人を帰らせ、
  その住まいをあわれもう。
  町はその廃墟の上に建て直され、
  宮殿は、その定められている所に建つ。(18節)
  彼らの中から、感謝と、喜び笑う声がわき出る
  わたしは人をふやして減らさず、
  彼らを尊くして、軽んじられないようにする。(19節)
  その子たちは昔のようになり、
  その会衆はわたしの前で堅く立てられる。
  わたしはこれを圧迫する者をみな罰する。(20節)
  その権力者は、彼らのうちのひとり、
  その支配者はその中から出る。

★★★★★

  わたしは彼を近づけ、彼はわたしに近づく。
  わたしに近づくためにいのちをかける者は、
  いったいだれなのか。――主の御告げ――(21節)

 捕囚からの帰還、元の生活の回復、圧迫者たちへの罰は、すべて人間の思いと力を超えた出来事です。しかし、万軍の主、全能の神は、約束をたがえる方ではないのです。お約束が実現する時、イスラエルはふたたび神様に近づくのですが、それは「わたしが彼を近づけ」られたからです。

 つぎの言葉は、イスラエルの民と神との契約関係を示す常套句です。(新実用聖書注解・いのちのことば社)
 
  あなたがたはわたしの民となり、
  わたしはあなたがたの神となる。」(22節)

 さらに力強く約束が繰り返されています。

  見よ。主の暴風、――憤り――
  吹きつける暴風が起こり、
  悪者の頭上にうずを巻く。(23節)
  主の燃える怒りは、
  御心の思うところを行なって、成し遂げるまで
  去ることはない。
  終わりの日に、あなたがたはそれを悟ろう。(24節)



      ★聖書は新改訳聖書を使っています。





posted by さとうまさこ at 10:40| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする