2016年09月24日

エレミヤ書104 契約を守れない民(エレミヤ書34章13節〜22節)



 ゼデキヤ王の時代、ユダ王国はへブル人奴隷の解放を行ないました。「民と契約を結んで、奴隷の解放を宣言した」のです。
 これは、元々の神のおきてに従った行為でした。イスラエル人はエジプトで全員奴隷だったのです。じつに神のあわれみによって、解放奴隷としてエジプトを出て来たのです。主の選びの民の中が同じ民を奴隷にして良いはずがありません。
 ですから、シナイ契約の十戒が示されたすぐ後の、出エジプト記21章には、「へブル人奴隷」に対する厳しい規則が定められています。(出エジプト記21章2節〜11節)
 たとえば、へブル人奴隷は6年間無償で働いた後、7年目には解放されなければならないなどです。

 「イスラエルの神、主は、こう仰せられる。『わたしが、あなたがたの先祖をエジプトの国、奴隷の家から連れ出した日に、わたしは彼らと契約を結んで言った。(エレミヤ書34章13節)
 七年の終わりには、各自、自分のところに売られて来た同胞のヘブル人を去らせなければならない。六年の間、あなたに仕えさせ、その後、あなたは彼を自由の身にせよと。しかし、あなたがたの先祖は、わたしに聞かず、耳を傾けなかった。(14節)

 このような預言が下るのは、時代を経て、律法が忘れ去られ、奴隷の身分のまま一生を終わり、またその子供も奴隷である人たちがたくさんいたのでしょう。

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 しかし、あなたがたは、きょう悔い改め、各自、隣人の解放を告げてわたしが正しいと見ることを行ない、わたしの名がつけられているこの家で、わたしの前に契約を結んだ。(15節)
 それなのに、あなたがたは心を翻して、わたしの名を汚し、いったん自由の身にした奴隷や女奴隷をかってに連れ戻し、彼らをあなたがたの奴隷や女奴隷として使役した。』(16節)

 せっかくの良い施策も、すぐに元の木阿弥になってしまったのです。結局、民は契約を破って奴隷を連れ戻してしまったというのです。

 それゆえ、主はこう仰せられる。『あなたがたはわたしに聞き従わず、各自、自分の同胞や隣人に解放を告げなかったので、見よ、わたしはあなたがたに――主の御告げ――剣と疫病とききんの解放を宣言する。わたしは、あなたがたを地のすべての王国のおののきとする。(17節)

 もちろん、主はお怒りになったのです。

 また、わたしの前で結んだ契約のことばを守らず、わたしの契約を破った者たちを、二つに断ち切られた子牛の間を通った者のようにする。(18節)
 二つに分けた子牛の間を通った者は、ユダの首長たち、エルサレムの首長たち、宦官と祭司と一般の全民衆であった。(19節)

 契約の時に、二つに分けた動物の間を通る例は、アブラハム契約のときに現れます。(創世記15章9節〜17節)
 切り分けた動物の間を通ることで、「契約を破った時に、その動物のようになる」のを意味しています。
ユダの民は、奴隷を解放するという契約を破ったのです。神は次のように言われます。

 わたしは彼らを、敵の手、いのちをねらう者たちの手に渡す。そのしかばねは空の鳥、地の獣のえじきとなる。(20節)
 わたしはまた、ユダの王ゼデキヤとそのつかさたちを敵の手、いのちをねらう者たちの手、あなたがたのところから退却したバビロンの王の軍勢の手に渡す。(21節)
 見よ。わたしは命じ、――主の御告げ――彼らをこの町に引き返させる。彼らはこの町を攻め、これを取り、火で焼く。わたしはユダの町々を、住む者もいない荒れ果てた地とする。』」(22節)








posted by さとうまさこ at 10:44| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする