2016年09月30日

エレミヤ書109 神に従う者と神に敵対する者(エレミヤ書36章20節〜32節)




 王は、王子エラフメエルと、アズリエルの子セラヤと、アブデエルの子シェレムヤに、書記バルクと預言者エレミヤを捕えるよう命じたが、主はふたりを隠された。(エレミヤ書36章26節)

 都合の悪い人間を捕え、罰したいというのは、人間の罪の性質かもしれません。エレミヤのように神から召されて、神のことばを語っていても、災難は降りかかるのです。相手は異教徒ではなく、同じ主を抱く「ユダ王国の王」です。このような弾圧を受けなければいけないのが、本物の預言者のつらいところです。
 主がふたりを隠された、とは、具体的にはどういうことなのでしょうか。新実用聖書注解は、「奇蹟的に隠されたというより、2人を守られた」と解説しています。この時の状況を考えれば、巻物を焼くのに反対だった人たちもいたのです。ですから、危険が迫った時に、二人を逃がして、匿ってくれる人たちがいたのでしょう。

 そのように、「人の心に働いて」下さるのも神様のわざかと思います。まさに、「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。」(ローマ書8章31節)です。

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 王が、あの巻き物、バルクがエレミヤの口述で書きしるしたことばを焼いて後、エレミヤに次のような主のことばがあった。(27節)
 「あなたは再びもう一つの巻き物を取り、ユダの王エホヤキムが焼いた先の巻き物にあった先のことばを残らず、それに書きしるせ。(28節)
 ユダの王エホヤキムについてはこう言え。主はこう仰せられる。あなたはこの巻き物を焼いて言った。『あなたはなぜ、バビロンの王は必ず来てこの国を滅ぼし、ここから人間も家畜も絶やすと書いたのか。』と。(29節)

 エレミヤは神から、「もう一度、焼かれた巻物にある神のことばを書き記せ」と命じられます。しかし、同じ預言にくわえて、エホヤキム王には厳しいさばきが宣告されるのです。

 最初、巻物を記すようにと、神が仰せになった時、神は次のように仰せになりました。
「あなたは巻物を取り、わたしがあなたに語った日、すなわちヨシヤの時代から今日まで、わたしがイスラエルとユダのすべての国々について、あなたに語った言葉をみな、それに書き記せ。
 ユダの家は、わたしが彼らに下そうと思っているすべてのわざわいを聞いて、それぞれ悪の道から立ち返るかもしれない。そうすれば、わたしも、彼らの咎を赦すことができる。」(エレミヤ書36章2節3節)

 ところが、神のことばに反発して巻き物を焼いたエホヤキムには、神に赦されるチャンスはなくなってしまったのです。

 それゆえ、主はユダの王エホヤキムについてこう仰せられる。彼には、ダビデの王座に着く者がなくなり、彼のしかばねは捨てられて、昼は暑さに、夜は寒さにさらされる。(30節)
 わたしは、彼とその子孫、その家来たちを、彼らの咎のゆえに罰し、彼らとエルサレムの住民とユダの人々に、彼らが聞かなかったが、わたしが彼らに告げたあのすべてのわざわいをもたらす。」(31節)
 エレミヤは、もう一つの巻き物を取り、それをネリヤの子、書記バルクに与えた。彼はエレミヤの口述により、ユダの王エホヤキムが火で焼いたあの書物のことばを残らず書きしるした。さらにこれと同じような多くのことばもそれに書き加えた。(32節)








posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする