2016年10月08日

エレミヤ書117 敗戦を見るエレミヤ(エレミヤ書40章1節〜5節)



 ここから44章までは、エルサレム陥落後の話になります。

 侍従長ネブザルアダンがラマからエレミヤを釈放して後に、主からエレミヤにあったみことば。――彼がエレミヤを連れ出したとき、エレミヤは、バビロンへ引いて行かれるエルサレムとユダの捕囚の民の中で、鎖につながれていた――(エレミヤ書40章1節)
 侍従長はエレミヤを連れ出して、彼に言った。「あなたの神、主は、この所にこのわざわいを下すと語られたが、(2節)

 侍従長ネブザルアダンは、バビロン王の側近です。戦に出て来て戦後処理を行うほどの権力のある人でした。エレミヤはバビロンに引かれていく民の中にいたのですが、彼だけは侍従長ネブザルアダンのもとに呼ばれます。彼は、捕囚に連れ去られる民を見て、エレミヤに、エレミヤの預言が実現したと告げます。
その理由も語られます。

 主はこれを下し、語られたとおりに行なわれた。あなたがたが主に罪を犯して、その御声に聞き従わなかったので、このことがあなたがたに下ったのだ。(3節)

 エレミヤにとって自分の預言が実現したことは、喜びだったでしょうか。
 彼は、正しい預言をしたゆえに、釈放されるのです。表面的に見ると、これはエレミヤに都合のよい出来事です。異邦人の支配者にまで、預言者として認められたのです。彼を開放した侍従長は言うのです。

 そこで今、見よ、私はきょう、あなたの手にある鎖を解いてあなたを釈放する。もし、私とともにバビロンへ行くのがよいと思うなら、行きなさい。私はあなたに目をかけよう。しかし、もし、私といっしょにバビロンへ行くのが気に入らないならやめなさい。見よ。全地はあなたの前に広がっている。あなたが行くのによいと思う、気に入った所へ行きなさい。」(4節)

 バビロンに行くなら、特別の待遇を与えよう。行きたくないなら、どこへでもよいと思えるところへ行きなさい。
 「全地はあなたの前に広がっている」
 これは、はるか昔、アブラハムがロトと別れ住むときに言ったことばです。
 かぎりなく大きい選択の余地を示しています。(創世記13章9節)

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 しかし彼がまだ帰ろうとしないので、「では、バビロンの王がユダの町々をゆだねたシャファンの子アヒカムの子ゲダルヤのところへ帰り、彼とともに民の中に住みなさい。でなければ、あなたが行きたいと思う所へ、どこへでも行きなさい。」こうして侍従長は、食糧と贈り物を与えて、彼を去らせた。(5節)

 エレミヤが態度を決めかねていると、侍従長はバビロンが選んだユダヤの総督ゲダルヤのもとに行けばどうかと提案するのです。
 エレミヤを送り出すとき、侍従長は「彼に食料と贈り物を与えた」とありますから、バビロン人のエレミヤへの好意のほどを知ることができます。

 エレミヤが態度を決めかねていたのは何故でしょう。預言ではエレミヤは、「ユダの民がバビロンに下るのなら生きる」と言っていたのです。バビロンの王に降伏していれば、エルサレムの崩壊は免れたのです。しかし、じっさいは、ゼデキヤ王は、エルサレムが持ちこたえられなくなるまでバビロンに抵抗してしまいました。
 そのような惨敗を見るのは、エレミヤにとっては、断腸の思いだったでしょう。たとえ、井戸に落とされて命の危険にさらされた時でも、エレミヤは、ユダの民が自分の預言を聞いて生きのびてくれることを願っていたはずです。

 けっきょく、彼がバビロンにも下らず、バビロンが定めた総督ゲダルヤのもとに、残された民とともにとどまることにした、その決定の中に、国の敗戦を見るエレミヤの虚脱感を推量できるように思います。







posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする