2016年10月22日

エレミヤ書131 あなたを罰せずにおくことは決してないが。(エレミヤ書46章26節〜28節)



 「わたしは彼らを、そのいのちをねらっている者たちの手、すなわちバビロンの王ネブカデレザルの手とその家来たちの手に渡す。その後、エジプトは、昔の日のように人が住むようになる。――主の御告げ――(エレミヤ書46章26節)

 神は、エジプトもネブカデレザルとその家来たちに敗北して連れ去られるとの預言を、エレミヤに授けられたのです。
 大国のカサの下に避難して来たのに、その大国が滅びるというのですから、聞く者は恐れたに違いありません。それがわかっているので、繰り返し、「恐れるな」「おののくな」と呼びかけられます。

  わたしのしもべヤコブよ。恐れるな。
  イスラエルよ。おののくな。
  見よ。わたしが、あなたを遠くから、
  あなたの子孫を捕囚の地から、救うからだ。
  ヤコブは帰って来て、平穏に安らかに生き、
  おびえさせる者はだれもいない。(27節)
  わたしのしもべヤコブよ。恐れるな。
  ――主の御告げ――
  わたしがあなたとともにいるからだ。

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 神の御計画は、人にはわからない長いスパンで行なわれています。今苦しくても、神がともにいて下さるなら、かならずヤコブ(イスラエル民族)は、国に帰って来て平穏に安らかに暮らせる。それを神・主は、預言者を通して知らせておられるのです。

  わたしは、あなたを追いやった先の
  すべての国々を滅ぼし尽くすからだ。
  わたしはあなたを滅ぼし尽くさない。
  公義によって、あなたを懲らしめ、
  あなたを罰せずにおくことは決してないが。」(28節)

 私には、聖書の神のお言葉が時々、とても「やさしく」聞こえてしまうのです。ほんとうに、人間のお父さんが、子供の苦しみや悩みを聞きながら、「大丈夫。おとうさんが、AにもBにもCにも、懲らしめをくれてやるよ。あいつらは、二度とお前に悪さできないからね。」と言っているようです。

 もし、このような公平で力ある審判を父親が行なってくれるなら、「いじめ」で苦しむ子供はいなくなるかもしれません。けれども、神ならぬ身の「肉の父」がすることは、完全ではありません。実際に人が、このようなことをしたら、復讐に復讐を産むことになるでしょう。
 また、肉の父なら、一家の幸福と平安を取り戻すことで満足してしまいますから、復讐を見た子どもは、たんに溜飲を下げるだけで反省はしません。

 神は、その点、くぎを刺されるのを忘れていません。「あなたを罰せずにおくことは決してない」と言われるのです。
 預言者の預言を無視し、自分の判断でエジプトに下ったユダの人々に、神に聞く事を教え、エレミヤを冷笑した行為のツケは、払わせると仰せなのです。








posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする