2016年10月23日

エレミヤ書132 ペリシテへの宣告(エレミヤ書47章1節〜7節)



パロがまだガザを打たないうちに、ペリシテ人について、預言者エレミヤにあった主のことば。(エレミヤ書47章1節)
  主はこう仰せられる。
  「見よ。北から水が上って来て、
  あふれる流れとなり、
  地と、それに満ちるもの、
  町とその住民とにあふれかかる。
  人々は泣き叫び、地の住民はみな泣きわめく。(2節)

 エレミヤ書47章はペリシテへの宣告です。
 ここには、聖書読者にはなじみのペリシテの都市の名が、次々と出てきます。

 最初は、ガザです。ガザといえば士師サムソンの話の舞台です。サムソンと言えば、怪力だけれど女性に弱いキャラクターだけにライトが当たりがちですが、そもそもは、彼の生まれる時代から、ペリシテ人がイスラエル人を苦しめていたので、これに対抗する者として、サムソンは世に送り出されました。神様が不妊の女だった彼の母の懐妊を父マノアに告げるのです。サムソンは神に仕える者・ナジル人として育てられました。ナジル人とは、神に仕えるために生まれつき聖別された子供です。
 ナジル人として、サムソンは髪の毛を剃ったり切ったりしないで育てられました。それが、サムソンの神秘的な怪力と結びついていたのです。じっさい、サムソンはライオンを素手で倒すとか、ミツバチの巣を手づかみで食べるなど、尋常ではない力の持ち主でした。

 サムソンの時代のガザが、どんなに活気にあふれた町かは聖書にも活写されています。(士師記14章〜17章)
 しかし、聖書の要点は、ペリシテ人は偶像礼拝者であるばかりでなく、つねにイスラエルと敵対してきたということです。鉄器を使っていた彼らは、イスラエルを苦しめることが多かったのです。しかし、彼らが主の罰を受ける日が来たのです。
 バビロンは、一時的に主に用いられたのです。

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  荒馬のひづめの音、
  戦車の響き、車輪の騒音のため、
  父たちは気力を失って、子らを顧みない。(3節)
  すべてのペリシテ人を破滅させる日が
  来たからだ。
  その日には、ツロとシドンを、
  生き残って助ける者もみな、断ち滅ぼされる。
  主が、カフトルの島に残っているペリシテ人も
  破滅させるからだ。(4節)
  ガザは頭をそられ、
  アシュケロンは滅びうせた。
  アナク人の残りの者よ。
  いつまで、あなたは身を傷つけるのか。」(5節)

 ガザ、アシュケロン、アシュドテは、ユダの領地に接するように勢力を誇っていたペリシテ人の都市国家でした。カフトルは彼らの出身地である地中海のクレテ島です。ツロやシドンはイスラエルの北部のフェニキヤの町々ですが、ペリシテと同盟を結んでいたようです。
 これらの同盟も、彼等の強さもいっせいに裁かれるときがきたのです。
 ダビデと戦ったペリシテ人ゴリヤテは、アナクの子孫だったといわれています。自分の身を傷つけるような異教の礼拝スタイルと相まってその残酷な習俗を、主は裁こうとされています。

  「ああ。主の剣よ。
  いつまで、おまえは休まないのか。
  さやに納まり、静かに休め。」(6節)
  どうして、おまえは休めよう。
  主が剣に命じられたのだ。
  アシュケロンとその海岸――
  そこに剣を向けられたのだ。(7節)

 イスラエルの民が荒野でカナンをめざしている時、モーセがカナンに派遣した偵察隊のうち、ヨシュアとカレブを除く者は、「そこにはアナク人がいる」と報告して民をおびえさせました。(民数記13章32節33節)
 そのアナク人たちも、主が剣を向けられては、滅ぼされるしかありませんでした。







posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする