2016年10月28日

エレミヤ書137 アモンへの審判1(エレミヤ書49章1節、創世記12章、19章、レビ記20章10節〜21節、同25節)




  アモン人について。主はこう仰せられる。
  「イスラエルには子がないのか。
  世継ぎがないのか。
  なぜ、彼らの王がガドを所有し、
  その民が町々に住んだのか。(エレミヤ書49章1節)

 「モアブへの宣告」の次は、「アモンへの宣告」です。
 アモン人はモアブ人とその先祖が同じです。ロトのふたりの娘のうち、妹娘がロトとの間に子をもうけた子、その子孫がアモン人だと聖書は語ります。つまり、近親相姦によって生まれた民族です。

 さとうは、アモンが罰せられる理由を「近親相姦」に求めるのは、この聖書箇所については、そぐわないかなと思っています。近親相姦はたしかに十戒とそれに伴う細則(律法)によって禁止されています。神の御思いの中で、近親相姦や姦淫、乱婚、同性との性的交わり、獣姦は罰せられるべきものです。(レビ記20章10節〜21節、25節) このような性的乱脈は「あり得ない」ことではなく、むしろかなり広がっていたので、神はこのような規則をわざわざ人にお与えになったのではないでしょうか。

 神は人に本当の神の規則を知らせるために、特定の人を召されたのではないでしょうか。それが、アブラハム(アブラム)でした。
 アブラハムは、主のことばに従って、ハランからカナンに出て来ました。アブラハムがシェケムまできたとき、主が現れて下さいました。アブラハムはそこに祭壇を築きました。(創世記12章6節7節)
 しかし、ロトはアブラハムのように「選ばれた民」「契約の民」ではありません。ロトの生きていた時代は、アブラハムの子孫――イスラエル民族がシナイ契約を授けられる500〜600年も昔のことです。
 ロトは自分を創ってくださったまことの神を知らず、ロトの家族も知りませんでした。たしかにソドムの災害の時、御使いがロトを訪れて、ロト一家を町の外に連れ出すのですが、それは、アブラハムが神に懇願した結果でした。ロト一家に「神の恵み」といった認識はあったとは見えません。

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 ソドムに罰が下る日、ロトは、御使いにはげしく促されてソドムの町から出るのが精いっぱいでした。彼の妻は、御使いのことばに従うことができず、逃げながら振り返ったので「塩の柱」になってしまいましした。(創世記19章)

 ロト一家が移り住んだのは、ほかに住む人もいない山の中でした。そこで、ロトの娘はそのまま朽ち果てるのを恐れたのでしょう。自分たちも子をもとうと、父に「酒を飲ませて交わった」というのです。(同19章30節〜38節)
 このような事態を、神が祝福されたとはとうてい考えられませんが、少なくとも、神はこの親子に顕現されることはなかったようです。
 同じころ、アブラハムにイサクが与えられ、財産や使用人が与えられ、族長として大きく隆盛になる「祝福」をいただいたのとは、大変な違いでした。

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 神様は、ロトたちの家族に近親相姦が入ったことを、少なくとも、見過ごして下さったのです。彼等はそれぞれに国を立てるほどにふえ広がりました。

 モアブやアモンが罰せられたのは、なんといっても彼等がケモシュやミルコムのような偶像をイスラエルに持ち込んだことです。神は、彼らの儀式において、とりわけ幼児犠牲や人身御供などを忌み嫌われたのです。
 彼らは、まことの神――イスラエルの神を知る機会はあった人たちなのに、まるで敵対する者として振る舞ったのです。

 アモンとイスラエルの具体的なかかわりについては、明日検証してみたいと思います。ぜひ、訪問して下さいますように。







posted by さとうまさこ at 09:30| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする