2016年11月06日

エレミヤ書146  バビロンの滅亡の実現(エレミヤ50章28節〜46節)



  聞け。バビロンの国からのがれて来た者が、
  シオンで、私たちの神、主の、復讐のこと、
  その宮の復讐のことを告げ知らせている。(エレミヤ書28節)
  射手を呼び集めて
  バビロンを攻め、弓を張る者はみな、
  これを囲んで陣を敷き、ひとりものがすな。
  そのしわざに応じてこれに報い、
  これがしたとおりに、これにせよ。

 アッシリヤの首都ニネベを陥落させたバビロンは、中東の覇権を握りました。どのような横暴もできるのが、当時の戦勝国です。ユダの人々は、三次にわたって捕囚に引かれ、神殿は破壊され、およそ国の財物も持ち去られてしまいます。しかし、イスラエルの神がそのような横暴を、ただ見逃されることはあり得ません。バビロンに攻められて滅びたように見えるユダの人々を立たせて、報復せよと励まされる日が来るのです。

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  主に向かい、イスラエルの聖なる方に向かって
  高ぶったからだ。(29節)
  「それゆえ、その日、その若い男たちは町の広場に倒れ、その戦士もみな、断ち滅ぼされる。――主の御告げ――
  高ぶる者よ。見よ。わたしはあなたを攻める。
  ――万軍の神、主の御告げ――
  あなたの日、
  わたしがあなたを罰する時が来たからだ。(31節)
  そこで、高ぶる者はつまずき倒れ、
  これを起こす者もいない。
  わたしは、その町に火をつける。
  火はそのまわりのものをすべて焼き尽くす。」(32節)
 
 横暴な権力がやがて滅ぼされる日が来るのは、「高ぶり」のためです。人間の罪は、成功によって、すぐに思い上がって高ぶることです。
 バビロンが、エジプトをはじめとするイスラエルの周辺国を打つのは、神の御心でした。モアブやアモン、エドム、ダマスコなどを罰する働きに、主がバビロンを用いられたのです。
 しかし、人間は、自分の勝利を主が与えて下さったとは思えなくて高ぶります。
 抑圧された人々、しいたげられた国が主に向かって叫ぶことさえ、気にかけません。しかし、神様はすべてをご覧になっています。

 万軍の主はこう仰せられる。「イスラエルの民とユダの民は、共にしいたげられている。彼らをとりこにした者はみな、彼らを捕えて解放しようとはしない。」(32節)
 彼らを贖う方は強く、その名は万軍の主。主は、確かに彼らの訴えを支持し、この国をいこわせるが、バビロンの住民を震え上がらせる。(34節)
  剣が、カルデヤ人にも、――主の御告げ――
  バビロンの住民、
  その首長たち、知恵ある者たちにも下る。(35節)
  剣が自慢する者たちにも下り、彼らは愚かになる。
  剣がその勇士たちにも下り、彼らはおののく。(36節)
  剣がその馬と車と、そこに住む混血の民にも下り、
  彼らは女のようになる。
  剣がその財宝にも下り、それらはかすめ取られる。(37節)
  その水の上には、ひでりが下り、それはかれる。
  ここは刻んだ像の国で、
  彼らは偶像の神に狂っているからだ。(38節)

 偶像はそれ自体、聖書の神が忌み嫌われているものです。偶像とは「手で刻んだ物」あるいは、手で刻めるものでしょうか。万物は神がお造りになり、私たちもまた被造物であるのです。ところが偶像を刻むと、私たちが神を作ることになってしまいます。造り主が人間なのですからどんな神でも作るようになり、王や権力者が自分を神と勘違いするまでもひとっ跳びです。

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 それゆえ、そこには荒野の獣が山犬とともに住み、だちょうがそこに住む。もう、いつまでも人は住まず、代々にわたって、住む人はない。(39節)
 神がソドムと、ゴモラと、その近隣を滅ぼされたように、――主の御告げ――そこには人が住まず、そこには人の子が宿らない。(40節)
 見よ。一つの民が北から来る。大きな国と多くの王が地の果て果てから奮い立つ。(41節)
 彼らは弓と投げ槍を堅く握り、残忍で、あわれみがない。その声は海のようにとどろく。バビロンの娘よ。彼らは馬に乗り、ひとりのように陣ぞなえをして、あなたを攻める。(42節)
 バビロンの王は、彼らのうわさを聞いて気力を失い、産婦のような苦しみと苦痛に捕えられる。(43節)

 北からやって来る民は、新興のアケネメス朝ペルシャです。バビロンは、ろくに抵抗もしないで降伏・開城してしまい、やがて滅んでしまいます。
 まさに、エレミヤの預言は実現したのです。

 「見よ。獅子がヨルダンの密林から水の絶えず流れる牧場に上って来るように、わたしは一瞬にして彼らをそこから追い出そう。わたしは、選ばれた人をそこに置く。なぜなら、だれかわたしのような者があろうか。だれかわたしを呼びつける者があろうか。だれかわたしの前に立つことのできる牧者があろうか。」(44節)
 それゆえ、バビロンに対してめぐらされた主のはかりごとと、カルデヤ人の国に対して立てられたご計画を聞け。
  必ず、群れの小さい者まで引きずって行かれ、
必ず、彼らの牧場はそのことでおびえる。(45節)
  バビロンの捕えられる音で地は震え、
  その叫びが国々の間でも聞こえた。(46節)








posted by さとうまさこ at 06:00| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする