2016年11月08日

Coffee Breakエレミヤ書147  報復して下さる神(エレミヤ51章20節〜36節)



 隆盛を誇ったバビロンも、彼等を立たせておられたのはイスラエルの神であったのです。バビロンは高ぶらずに、自分たちの「限界」に気付くべきでした。
 神は、そのことを明かして、仰せです。

  「あなたはわたしの鉄槌、戦いの道具だ。
  わたしはあなたを使って国々を砕き、
  あなたを使って諸王国を滅ぼす。(エレミヤ書51章20節)
  あなたを使って馬も騎手も砕き、
  あなたを使って戦車も御者も砕き、(21節)
  あなたを使って男も女も砕き、
  あなたを使って年寄りも幼い者も砕き、
  あなたを使って若い男も若い女も砕き、(22節)
  あなたを使って牧者も群れも砕き、
  あなたを使って農夫もくびきを負う牛も砕き、
  あなたを使って総督や長官たちも砕く。(23節)

 事実、このとおりになったのです。バビロンは、ここにあるように諸王国を打って、王や戦士から一般の民に至るまで、男も女も、老人も子供も、農夫も牛も、総督や長官でさえ、打ち砕きました。
 けれども、主は、すべてを見ておられ、バビロンがユダ王国とエルサレム(シオン)で行なった悪に対しては、「報復する」と宣告しています。

  わたしはバビロンとカルデヤの全住民に、
  彼らがシオンで行なったすべての悪のために、
  あなたがたの目の前で報復する。
  ――主の御告げ――(24節)

 シオンは主の山でした。神殿は神の臨在されるための聖なる場所でした。バビロンは、そのことを知るべきでした。まことの神を恐れるへりくだった態度が必要でした。
 そこで、主は告げられます。

  全地を破壊する、破壊の山よ。
  見よ。わたしはおまえを攻める。
  ――主の御告げ――

 「おまえ」とは、もちろんバビロンのことです。

  わたしはおまえに手を伸べ、
  おまえを岩から突き落とし、
  おまえを焼け山とする。(25節)
  だれもおまえから石を取って、
  隅の石とする者はなく、
  礎の石とする者もない。
  おまえは永遠に荒れ果てる。
  ――主の御告げ――(26節)

★★★★★

  この地に旗を掲げ、国々の中に角笛を鳴らせ。
  国々を整えてこれを攻めよ。
  アララテ、ミニ、アシュケナズの王国を
  召集してこれを攻めよ。
  ひとりの長を立ててこれを攻めよ。
  群がるばったのように、馬を上らせよ。(27節)

 「旗を掲げ」とは、宣戦布告のことです。主は、今度はバビロンを囲む国々に呼びかけています。アララテ、ミニ、アシュケナズは、バビロンの北方にある小さな国ぐにで、すでのメディヤの勢力下に入っていたと推測できます。
 神のご命令は、メディヤの王とその配下の者に下されているのです。

  国々を整えてこれを攻めよ。
  メディヤ人の王たち、
  その総督やすべての長官たち、
  その支配する全土の民を整えて、
  これを攻めよ。(28節)
  地は震え、もだえる。
  主はご計画をバビロンに成し遂げ、
  バビロンの国を
  住む者もない荒れ果てた地とされる。(29節)
  バビロンの勇士たちは戦いをやめて、
  とりでの中にすわり込み、
  彼らの力も干からびて、女のようになる。
  その住まいは焼かれ、かんぬきは砕かれる。(30節)

 攻略されバビロンの惨状が繰り返し、告げられています。突然の国の崩壊を見て、勇士たちでさえ戦意を失って、倒れ込むさまが描写されています。

★★★★★

  飛脚はほかの飛脚に走り次ぎ、
  使者もほかの使者に取り次いで、
  バビロンの王に告げて言う。
  「都はくまなく取られ、(31節)
  渡し場も取られ、葦の舟も火で焼かれ、
  戦士たちはおじ惑っている。」(32節)

 バビロン攻撃の軍が迫っていることを、バビロン軍の伝令が告げ知らせているのです。ユーフラテス川を抱いたバビロンにとって、水上交通は戦略、物流の要だったのですが、渡し場や船も焼かれてしまったというのです。
 
  イスラエルの神、万軍の主が、
  こう仰せられたからだ。
  「バビロンの娘は、
  踏まれるときの打ち場のようだ。
  もうしばらくで、刈り入れの時が来る。(33節)
  『バビロンの王ネブカデレザルは、
  私を食い尽くし、
  私をかき乱して、からの器にした。
  竜のように私をのみこみ、
  私のおいしい物で腹を満たし、
  私を洗い流した。』(34節)

 バビロンの惨状に対して、シオンに住むユダの民は、次のように言えと命じられています。神が復讐してくださるのです。
 シオンの者たちは、もとより、溜飲をさげるのではないのです。神のお約束を思い出し、万軍の主といわれる方の御力を恐れて、信仰を新たにする必要があるのです。そのためにこそ、バビロン捕囚などの「苦難」があったのです。

  シオンに住む者は、
  『私と私の肉親になされた暴虐は、
  バビロンにふりかかれ。』と言え。
  エルサレムは、
  『私の血はカルデヤの住民に注がれよ。』と言え。」(35節)
  それゆえ、主はこう仰せられる。
  「見よ。わたしはあなたの訴えを取り上げ、
  あなたのために報復する。
  わたしはその海を干上がらせ、
  その泉をからす。(36節)









posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする