2016年11月09日

Coffee Breakエレミヤ書148  バビロンは、イスラエルの刺し殺された者たちのために、倒れなければならない。(エレミヤ51章37節〜49節)




  バビロンは石くれの山となり、
  ジャッカルの住みかとなり、
  恐怖、あざけりとなる。(エレミヤ書51章37節)

 バビロンは巨大建造物でも有名な国家だったようです。日本のような木造建築物の国では、敗戦の光景は「焦土」ということになりますが、オリエントやエジプトでは、遺跡は崩れた石の建物となります。
 壮麗な都が見る影もなく破壊され、ジャッカル(イヌ科の野生動物)が徘徊して屍肉をあさっているのは、ありふれた光景だったのでしょう。

 夢にも滅びるとは思えなかった繁栄の都の落ちぶれを見た人たちは、恐怖を覚えるのです。

  彼らは共に、若獅子のようにほえ、
  雄獅子のように叫ぶ。(38節)
  彼らがいらだっているとき、
  わたしは彼らに宴会を開き、
  彼らを酔わせて踊らせ、
  永遠の眠りについて、目ざめないようにする。
  ――主の御告げ――(39節)
  わたしは彼らを、子羊のように、
  また雄羊か雄やぎのように、
  ほふり場に下らせる。(40節)
  ああ、バビロンは攻め取られ、
  全地の栄誉となっていた者は捕えられた。
  ああ、バビロンは国々の間で恐怖となった。(41節)

 たとえば、日本やアメリカなどの繁栄した先進国が滅びることなど、だれにも想像がつきません。たとえば、テロで巨大なビルが崩壊したり、地震で広い国土が壊滅すると、私たちは恐怖を覚えます。強くて安泰である時、だれもその国や都市や建物が崩壊するとは思えないのです。信頼していたはずの世界が壊れるのを見るのは、耐えがたい恐怖です。その時になって、バビロンでさえ倒れたと、恐れに震えた人々がたくさんいたのでしょう。

 人の造った物は、絶対に万全ではあり得ない。必ず終わりが来る。それだから、私たちは神により頼まなければならないと、思っています。
 でも、少し、順調だったら、人の力のすごさに捕らわれて、バビロンを称賛するのが、人間なのかも知れません。

★★★★★

  海がバビロンの上にのしかかり、
  その波のざわめきにそれはおおわれた。(42節)
  その町々は荒れ果て、
  地は砂漠と荒れた地となり、だれも住まず、
  人の子が通りもしない地となる。(43節)
  わたしはバビロンでベルを罰し、
  のみこんだ物を吐き出させる。
  国々はもう、そこに流れ込むことはない。
  ああ、バビロンの城壁は倒れてしまった。(44節)

 神に罰せられたバビロンの様子が繰り返し、語られます。
 神の呼びかけは、「わたしの民」に向けられます。バビロンが罰せられなければならない理由も語られます。
 バビロンは刻んだ像を拝んでいたのです。

  わたしの民よ。
  その中から出よ。
  主の燃える怒りを免れて、
  おのおの自分のいのちを救え。(45節)
  そうでないと、あなたがたの心は弱まり、この国に聞こえるうわさを恐れよう。うわさは今年も来、その  後の年にも、うわさは来る。この国には暴虐があり、支配者はほかの支配者を攻める。(46節)
  それゆえ、見よ、その日が来る。その日、わたしは、バビロンの刻んだ像を罰する。この国全土は恥を   見、その刺し殺された者はみな、そこに倒れる。(47節)
  天と地とその中のすべてのものは、バビロンのことで喜び歌う。北からこれに向かって、荒らす者たちが  来るからだ。――主の御告げ――(48節)

 決定的なのはバビロンが、イスラエルの民を刺し殺したことです。
 イスラエルの民は改めて、主の宮をはずかしめられた屈辱を思い起こさなければなりません。主が復讐して下さったことを喜ばなければなりません。

 バビロンは、イスラエルの刺し殺された者たちのために、倒れなければならない。バビロンによって、全地の刺し殺された者たちが倒れたように。
 剣からのがれた者よ。行け。立ち止まるな。遠くから主を思い出せ。エルサレムを心に思い浮かべよ。
 『私たちは、そしりを聞いて、はずかしめを受けた。他国人が主の宮の聖所にはいったので、侮辱が私たちの顔をおおった。』」(49節)



       ★聖書は新改訳聖書を使わせていただいています。

    


posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする