2016年11月28日

Coffee Breakエレミヤ書・哀歌165  約束の日のための離散(エレミヤ書29章10節〜14節、哀歌)



 エレミヤ書と哀歌はとても重い内容でした。私たちクリスチャンが神の民の破滅を見るのは苦しいことです。クリスチャンでない人が読んでも、「滅びの話」は、深刻であることに違いはないでしょう。
 人類は、歴史上何度も滅びの瀬戸際に立たされたにちがいありません。実際に滅びてしまった部族もたくさんあるのです。ネイティブ・アメリカン(アメリカ・インディアン)の部族とか、アフリカ大陸で営々と系図を繋げていた多くの部族も先進国の犠牲になった時代がありました。奴隷制度や植民地政策で、国や民を裂かれて再び栄光を取り戻すことができなかった人々もいたといわれています。アイヌ民族もかろうじて存在しているほどの少数になってしまいました。

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 ユーフラテス川とナイル川にはさまれた地域は、文明の十字路と言われています。古来、活発に文明や文化や人が行き交ったのです。
 この地でも、滅びてしまった部族や民族があったことが、聖書にも記されています。国と名の付く支配体は、原初の形からだんだんと大きく再編されていったのです。大帝国となったアッシリヤやバビロニヤ、メディヤ、ペルシャ、ギリシャも、勃興しては滅亡して行きました。

 神のお立てになった国「イスラエル」も、やっぱり例外ではないのか・・。エレミヤ書を読んでいると、そんな気持ちになるのです。
 しかし、エレミヤ書を全体として振り返ってみると、これは神の御計画であるとわかります。

 まことに主はこう仰せられる。「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこのところに帰らせる。(エレミヤ書29章10節)
 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ告げ――それはわざわいではなく、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。(11節)

 ユダの民は、エルサレムに戻される日が来るのです。それが神の御計画でした。国が崩壊し滅亡してように見える国民は、神様の選びの民であるゆえに生きるのです。
 しかし、無条件ではありません。
 主を呼び求め、捜し歩き、祈ることを、主は求めておられます。

 あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。(12節)
 もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。(13節)
 わたしはあなたがたに見つけられる。――主の御告げ――わたしはあなたがたの繁栄を元どおりにし、わたしがあなたがたを追い散らした先の国々と、すべての場所から、あなたがたを集める。――主の御告げ――わたしはあなたがたを引いて行った先から、あなたがたをもとの所へ帰らせる。」(14節)

 厳しいけれども、すばらしいお約束ではありませんか。







posted by さとうまさこ at 10:48| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする