2017年01月20日

エゼキエル書50 姦通に対する報復(エゼキエル書16章35節〜40節)




 それゆえ、遊女よ、主のことばを聞け。(エゼキエル書16章35節)
 神である主はこう仰せられる。あなたは、愛人たちや、忌みきらうべき偶像と姦淫をして、自分の恥ずかしい所を見せ、自分の裸をあらわにし、それらに自分の子をささげて血を流したため、(36節)
 それゆえ、見よ、わたしは今、あなたが戯れたすべての愛人たちや、あなたが恋した者や、憎んだ者をすべて寄せ集め、彼らを四方から集めて、あなたの裸を彼らにさらけ出し、彼らにあなたの裸をすっかり見せよう。(37節)

 姦淫した女に対する夫の怒りの深さを、神はこのような譬えで仰せなのです。不義の相手全員を一堂に会させ、今一度、女を裸にして、多くの男の前に晒そう。
 たとえ、娼婦であっても、男との関係は、ふつう一対一です。彼女は、売春する女として多くの相手がいるのは、「公然の秘密」ですが、やはり「秘密」なのです。

 いったい、顧客(不義の相手)を一つ所(その娼婦のまわり)に集めて、それを「公開」するなどということがあり得るでしょうか。今どきの世情では、不倫を隠しもしない、ゴシップもまた勲章であるかのような露出がありますが、そのほとんどが出来芝居の「売名行為」です。
 部分的に、不倫の過去を明るみに出すのはそれさえ「売り物」にする娼婦がいるということですが、もし、神がご存知のように、すべて「光りの中」に出されたら、その結果に縮み上がらない者などいるでしょうか。

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 わたしは、姦通した女と殺人をした女に下す罰であなたをさばき、ねたみと憤りの血をあなたに注ぐ。(38節)

 十戒の7番目の戒めは、「姦淫してはならない」です。(出エジプト記20章14節) 
 神は最初から、姦淫を禁じておられるのです。男の女の深い関係を、ご自分と「神の民」との関係になぞらえておられる神は、それゆえ、姦淫する女に「ねたみの血」を注ぐと仰せなのです。
 そうして、女がかつて不義を犯したすべての相手を呼び集め、その男たちの手で、女に罰を下されるのです。

 わたしは、あなたを彼らの手にゆだねる。彼らはあなたの小高い家をくつがえし、高台をこわし、あなたの着物をはぎ取り、あなたの美しい品々を奪い取り、あなたをまる裸にしておこう。(39節)
 彼らは、集団をあおってあなたを襲わせ、石であなたを打ち殺し、剣であなたを切り倒そう。(40節)

 これは、じっさいには、イスラエルが周辺国から攻められ凌辱されていったことを表わしています。王国の歴史を通じて、イスラエルは、モアブやエドム、アラム、アッシリヤ、バビロニヤなど次々と外国に攻められ、やがて「剣で打ち倒されてしまった」事実を、語っています。








posted by さとうまさこ at 10:50| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする