2017年01月22日

エゼキエル書52  若い時の契約に代えて、新しい契約を与えてくださる約束(エゼキエル書16章48節〜63節)



 わたしは誓って言うが、――神である主の御告げ――あなたの妹ソドムとその娘たちは決して、あなたと、あなたの娘たちがしたほどのことはしなかった。(エゼキエル書16章48節)
 だが、あなたの妹ソドムの不義はこうだった。彼女とその娘たちは高慢で、食物に飽き、安逸をむさぼり、乏しい者や、貧しい者の世話をしなかった。(49節)
 彼女たちは高ぶって、わたしの前で忌みきらうべきことをしたので、わたしはこれを見たとき、彼らを取り除いた。(50節
 サマリヤもまた、あなたの罪の半分ほども罪を犯さなかった。あなたが彼女たち以上に多くの忌みきらうべきことをしたので、あなたのしたすべての忌みきらうべきことが、あなたの姉妹たちを正しいとした。(51節)
 あなたも、あなたの姉妹たちをかばった恥を負え。あなたが彼女たちよりももっと忌みきらうべきことをして罪を犯したため、彼女たちがあなたよりも正しいとされたからだ。あなたもはずかしめを受けよ。あなたの姉妹たちを正しいとしたあなたの恥を負え (52節)

 主・神はここで不義を犯す女たちとして、ソドムとサマリヤを挙げています。ソドムは、アブラハムの時代に、「彼らの罪が満ちた」と神から宣告を受けて滅びた町です。

 サマリヤは、北イスラエル王国の首都でした。北王国はその成立の始めから、金の小牛を造って拝んだ国です。創立者ヤロブアムは王国の民が、エルサレムの神殿に行くことを恐れて、ダンとベテルに金の小牛を設置し、これを神殿礼拝の代わりとしたのです。
 それゆえ、北王国の霊的混乱はひどいものでした。やがて、アッシリヤに滅ぼされて、サマリヤには異教の民が移され、文字通り、サマリヤは「混血の子」の町になってしまうのです。それゆえ、ユダ王国の民は、サマリヤをイエス様の時代に至るまで軽蔑し続けました。しかし、神は、今やイスラエル(ユダ)の民は、ソドムやサマリヤより恥多く罪に満ちていると仰せなのです。

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 わたしは彼女たちの捕われ人を帰らせる。ソドムとその娘たちの捕われ人、サマリヤとその娘たちの捕われ人、また彼女たちの中にいるあなたの捕われ人を帰らせる。(53節)
 それは、あなたが、あなた自身の恥を負い、あなたが彼女たちを慰めたときにしたすべての事によって、あなたが恥じるためである。(54節)
 あなたの姉妹たち、ソドムとその娘たちは、もとの所に帰り、サマリヤとその娘たちも、もとの所に帰り、あなたとあなたの娘たちも、もとの所に帰って来る。(55節)

 かつて主のみ怒りの対象であったソドムやサマリヤも、やがて許されると言われるのです。それは、イスラエルの民が許されるときと、同じ時期に「もとの所に帰る」ことになるのです。こんなことは、イスラエルにとっては耐え難いことだったでしょう。

 私たちは自分が悪いことをして罰せられる場合も、もっと悪人と較べているかもしれません。自分の罪は軽い、あるいは自分の立場は特別であると思っているのに、軽蔑していた者たちと同時に「許される」なんて、プライドにかけて耐えがたいことなのです。

 あなたは、高ぶっていたときには、あなたの妹ソドムを悪いうわさの種にしていたではないか。(56節)
 しかしそれは、あなたの悪があばかれる前のことであって、今はアラムの娘たちや、その回りのすべての者、およびあなたを回りから侮るペリシテ人の娘たちのそしりとなっている。(57節)
 あなたは、自分のみだらな行ないと忌みきらうべきわざの報いを受けている。――主の御告げ――(58節)
 まことに、神である主はこう仰せられる。わたしはあなたがしたとおりの事をあなたに返す。あなたは誓いをさげすんで、契約を破った。(59節)

 あるいは、主である神に、「文句を言いたい」イスラエルに対して、神は仰せです。

 だが、わたしは、あなたの若かった時にあなたと結んだわたしの契約を覚え、あなたととこしえの契約を立てる。(60節)

 神との契約をさげすんで破ったイスラエルの民に対して、主は、赦した上に、とこしえの契約を立てて下さる。若かった時に結んだ契約とは、シナイ契約です。それを覚えて下さったゆえに、今度はとこしえの契約を下さるのです。
 しかも、その中には、あなた(イスラエル)との契約になかった姉妹(ソドムやアラムやペリシテ人)をも、契約の中に入れて下さるのです。

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 わたしが、あなたの姉と妹とを選び取り、あなたとの契約には含まれていないが、わたしが彼女たちをあなたの娘としてあなたに与えるとき、あなたは自分の行ないを思い出し、恥じることになろう。(61節)
 わたしがあなたとの契約を新たにするとき、あなたは、わたしが主であることを知ろう。(62節)
 それは、わたしが、あなたの行なったすべての事について、あなたを赦すとき、あなたがこれを思い出して、恥を見、自分の恥のためにもう口出ししないためである。――神である主の御告げ――」(63節)

 ここはすでに、イエス様との契約――全世界の民が福音を通して救われる――ことが語られているのではないでしょうか。







posted by さとうまさこ at 09:54| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする