2017年02月14日

エゼキエル書73 イスラエルの不義を責める(エゼキエル書21章23節〜27節)



 彼らは、何回となく誓われても、その占いはうそだと思う。だが、彼は彼らを捕えて、彼らの不義を思い出させる。(エゼキエル書73章23節)
 それゆえ、神である主はこう仰せられる。あなたがたのそむきの罪があばかれるとき、彼が、あなたがたの不義を思い出させて、あなたがたのすべてのわざに罪が表われるようにするため、また、あなたがたが思い出すため、あなたがたは彼らの手に捕えられる。(24節)

 バビロンが攻めてくる道に目印を付けよというのが、主の、エゼキエルに対する御命令でした。(エゼキエル書21章20節) その場所でバビロンの王が占いをして、エルサレムに行くか、アモンに行くか決めるのです。ところが、占いは、エルサレムを指し示すのです。
 ところが、エゼキエルに預言を求めた民(長老)は、信じないのです。この期に至って「占いは嘘だと言い張るわけです。しかし、じっさいには、バビロンの王は彼らを捕えるのです。23節の「彼」はネブカデレザルを指しています。ネブカデレザルの怒りには理由がありました。ゼデキヤがバビロンとの約束を破ったことです。

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 悪に汚れたイスラエルの君主よ。あなたの日、最後の刑罰の時が来た。(25節)
 神である主はこう仰せられる。かぶり物は脱がされ、冠は取り去られる。すべてがすっかり変わり、低い者は高くされ、高い者は低くされる。(26節)

 イスラエル王国(ユダ王国)最後の君主は、ゼデキヤです。彼に下された罰は、とても悲惨です。
彼らはゼデキヤの子らを彼の目の前で虐殺した。王は、ゼデキヤの目をつぶし、彼を青銅の足かせにつないで、バビロンへ連れて行った。(U列王記25章7節)と書かれているとおりです。

 ここまでされなければ、彼は自分の不義がわからなかったのでしょうか。いいえ。このような目に遭っても、わかったかどうか・・・。

 廃墟だ。廃墟だ。わたしはこの国を廃墟にする。このようなことは、わたしが授ける権威を持つ者が来るまでは、かつてなかったことだ。(27節)

 主が権威を授けた者とは、ダビデでしょうか。この文章はわかりにくい訳ですが、ダビデ王朝の不義を指摘されているのかと思われます。王制は民が望み、神がサウルを、ついで万全を期してダビデに油を注がれて開かれたのですが、神の御心を行なう王たちが少なかったために、イスラエルは崩壊したのですから。







posted by さとうまさこ at 09:55| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする