2017年02月18日

エゼキエル書77 銀が炉の中で溶かされるように、あなたがたも町の中で溶かされる。(エゼキエル書22章17節〜22節)



 次のような主のことばが私にあった。(エゼキエル書22章17節)

 今度の主のことばは、金属の精錬と心と信仰に不純物をいっぱい抱え込んでいる人間とを対置させています。偶像礼拝にまみれ、主の神殿を汚し、主からいただいていたおきてに叛いて罪を犯し続けるイスラエルの民を、金属の精錬の時に生じる「カナカス」にたとえているのです。カナカスとは、金属に含まれている不純物で、文字通り「カス」なのです。

 「人の子よ。イスラエルの家はわたしにとってかなかすとなった。彼らはみな、炉の中の青銅、すず、鉄、鉛であって、銀のかなかすとなった。(18節)
 それゆえ、神である主はこう仰せられる。あなたがたはみな、かなかすとなったから、今、わたしはあなたがたをエルサレムの中に集める。(19節)
 銀、青銅、鉄、鉛、すずが炉の中に集められるのは、火を吹きつけて溶かすためだ。そのように、わたしは怒りと憤りをもってあなたがたを集め、そこに入れて溶かす。(20節)

 主が、求めておられるのは「銀」です。当時の社会で貨幣代わりに使え、価値のあった銀こそ、主が神の民イスラエルに求めておられたものなのでしょう。銀は、じっさいには硫化鉛の鉱石で銀を含んでいるものから、銀を分離した(新聖書辞典・いのちのことば社)のです。しかし、銀でない金属も、銅や鉄であっても、自然の状態では不純物の化合した石として存在しているのですから、やはり、精錬をしたのです。それは、はげしく火を噴きつける作業で、作業を行う者も、炉の中の状態も、ただならぬ状況に置かれるのです。

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 神・主がみずからを、製鋼工の役割りに置かれています。
 さとうは、溶鉱炉の作業は、映像でしか見たことがありませんが、固い金属を溶かすほどですから、炉の中に投げ込まれたら、人間などひとたまりもありません。
 まさに、エルサレムの壊滅、そこにいる人々の殲滅が預言されています。

 わたしはあなたがたをかり集め、あなたがたに向かって激しい怒りの火を吹きつけ、あなたがたを町の中で溶かす。(21節)
 銀が炉の中で溶かされるように、あなたがたも町の中で溶かされる。このとき、あなたがたは、主であるわたしがあなたがたの上に憤りを注いだことを知ろう。」(22節)

 しかし、これはたんに「絶滅」の予告ではないのです。銀が炉の中から取られるように、神の怒りの火で溶かされたエルサレムのなかから、本物の銀が取りだされるとの預言にもなっています。「主であるわたし」と言われる方がなさることなのですから、謙遜にエゼキエルの預言を聞く者なら、そこの希望を見出したのではないでしょうか。
 主は、イスラエルの民に、「(おまえたちは)カナカスとなった」とお怒りになっています。それでも、もう一度炉に入れて精錬をして下さるというのは、主が、やはりイスラエルの民を見捨てておられないのを意味していると思われます。神の愛の大きさ深さを覚えるところです。







posted by さとうまさこ at 10:22| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする