2017年02月21日

エゼキエル書80 見よ。わたしは、あなたの心がすでに離れ去ったあなたの恋人たちを駆り立ててあなたを攻めさせ、(エゼキエル書23章19節〜24節)



 イスラエルの民は、一族70人でエジプトに移り住んで以来、400年にわたってエジプトで育まれ、民族と言えるまでに大きくなりました。この時、主なる神は、アブラハムの家のヤコブの子孫がエジプトに移住するように導かれたのです。エジプトはナイル川に育まれた豊かな地域で、私たちが今日でも「分類するように」世界の四大文明の一つが、そこで育まれたのです。
 パレスチナの一遊牧民であったヤコブたちが、いわば流浪の生活からエジプトに移り住んだのは、意味のある事でした。パロからゴシュンの地に住むことを許されて、定住するのです。(創世記47章4節〜6節)
 けれども、豊かさや安定を保障してくれた権力は、偶像礼拝の場所でした。

 しかし、彼女は、かつてエジプトの地で淫行をしたあの若かった日々を思い出して、淫行を重ね、(エゼキエル書23章19節)
ろばのからだのようなからだを持ち、馬の精力のような精力を持つ彼らのそばめになりたいとあこがれた。(20節)
 このように、あなたはエジプト人があなたの若い胸を抱きしめ、あなたの乳房をもてあそんだあの若い時のみだらな行ないをしきりに望んだ。(21節)

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 イスラエル人はその地で増えすぎ、やがて、エジプトの権力者から迫害されるようになり、自分たちの主――アブラハム神、イサク神、ヤコブの神に叫んで、救いを願うのですが、そして、事実彼らの先祖の神は、モーセを召し出してイスラエルの民をエジプトの地から救い出して下さるのです。

 イスラエルにとって、エジプトは、魅惑的な地であることに変わりはなかったようです。すでに、荒野を歩きはじめたときに、その困難にひるんで、「エジプトに戻ろう」と叫ぶ者たちがいました。理由は、エジプトの豊かさでした。

 「ああ、肉が食べたい。エジプトで、ただで魚を食べていたことを思い出す。きゅうりも、すいか、にら、たまねぎ、にんにくも。(民数記11章4節5節)というわけです。
 食べ物は、豊かさのもっとも基本的な基準でしょう。人は、胃袋、舌、それから目を満足させると、次は、本能的な奥深い欲求――が、満足を求めて叫ぶのかもしれません。
 偶像礼拝では、みだらな性的行事や乱交が儀式の中に組み込まれていたと言います。

 快楽の記憶、また、欲求充足の記憶は、神に導かれカナンで国を立てた後にもイスラエルを、姦淫に駆り立てているのです。しかし、それは、遊女の結末にも似た悲惨な事態を招くのです。

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 それゆえ、オホリバよ、神である主はこう仰せられる。見よ。わたしは、あなたの心がすでに離れ去ったあなたの恋人たちを駆り立ててあなたを攻めさせ、四方からあなたを攻めによこす。(22節)
 彼らはバビロン人、すべてのカルデヤ人、ペコデや、ショアや、コアの人々、それに加えてアッシリヤのすべての人々である。またすべての麗しい若い男、総督、長官、侍従、議官、馬に乗る者たちである。(23節)
 彼らは、軍馬、戦車、車両、および民の大集団を率いてあなたを攻めに来、大盾、盾、かぶとを着けて四方からあなたを攻める。わたしが彼らにさばきをゆだねるので、彼らは自分たちのさばきに従ってあなたをさばく。(24節)

 偶像礼拝の国、姦淫の相手は、パレスチナの北側にのたくさんいました。イスラエル人は、それら多くの男たちと、姦淫をしたため、神から裁かれると宣告を受けるまでになってしまいました。







posted by さとうまさこ at 09:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする