2017年03月01日

エゼキエル書88 アモン人へのさばき(エゼキエル書25章1〜7節)




 ここからは、神の預言は、イスラエルの周辺国に向います。

 次のような主のことばが私にあった。(エゼキエル書25章1節)
 「人の子よ。顔をアモン人に向け、彼らに預言せよ。(2節)
 あなたはアモン人に言え。神である主のことばを聞け。神である主はこう仰せられる。わたしの聖所が汚されたとき、イスラエルの地が荒れ果てたとき、ユダの家が捕囚となって行ったとき、あなたは、あはは、と言ってあざけった。(3節)

 イスラエルが相続地を与えられたカナン(パレスチナ)の地は、四方を他の国に囲まれていました。通商路であり、軍隊が通るような道筋でもありました。彼らがカナンに入植したときには、まだほかの民や国がありました。異邦人を滅ぼしつくして入植したわけでもありませんでした。日本のように、四囲を大海で囲まれ天然の要害に囲まれた国の民には理解できないことですが、水の中に放たれた油のかたまりのように、国境は不安定でしょっちゅう、周辺国との争いの中にありました。

 ヨシュアがイスラエル12部族を率いてカナンを制圧した後、ヨシュアが死ぬとまもなく、周辺国の影響が「乳と蜜の流れる地――神の約束の地」に、騒動をもたらすようになりました。
 周辺国との争いであり、周辺国から持ち込まれる偶像による国内の乱れです。

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 イスラエルの周辺国と言えば、最初にモアブを思い浮かべる方も多いでしょう。死海をはさんで東側にあるモアブは、ダビデ王の曾祖母ルツの出身地であり、イスラエルの王たちもモアブの女を娶っていたと記録にあります。モアブは、アブラハムの甥ロトから発した国です。しかし、もちろん、アブラハムの時代から600年も経っていた荒野の時代には、イスラエルに対立する別の民族でした。

 同様に、イスラエルの東北にあったアモンは、ロトのもう一人の娘の子孫で、やはりイスラエルに敵対する国でした。
 じっさいには、アモンとの交流は戦いだけでなく、イスラエル人との婚姻などもあったのですが、彼らが偶像を持ち込む敵意に満ちた国であることには、変わりありません。
 
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 今日では、思想信条の自由は何ものにも優先される世界観です。多くの人が狭い地球にひしめいて、闘争しながら生きているのですから、摩擦は可能な限り回避されるべきものです。「剣をもつ者は、剣で滅びる」のです。剣をもっていない国などないのですから、すべての国(人類)が滅びる可能性があるのです。
 キリスト者が、謙遜にふるまうのも、敵を許すのも、世俗の力に世俗の力で対応しないのも、キリストのご命令です。私にはなかなかできないのですが、ほんとうに忍耐強く愛に満ちた兄弟姉妹が、神の教会を立ち上げているのです。

 それゆえ、わたしは、あなたを東の人々に渡して、彼らの所有とする。彼らはあなたのうちに宿営を張り、あなたのうちに住まいを作り、あなたの産物を食べ、あなたの乳を飲むようになる。(4節)
わたしがラバを、らくだの牧場とし、アモン人の地を羊のおりとするとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。(5節)
 まことに、神である主はこう仰せられる。あなたは手を打ち、足を踏み鳴らし、イスラエルの地を心の底からあざけって喜んだ。(6節)

 無抵抗な相手、弱い者、いや、手強い敵であったとしても、傷つき、悲しむ者を嘲ってよいものではありません。それは、神の御心に反することなのです。まして、イスラエルは、神の選びの民――神の救いのご計画に用いられた民です。アモンは、やがて自分たちをも救いに入れて下さるイスラエルの神、その器として用いられている国と民を嘲ったのです。

 それゆえ、わたしは、あなたに手を伸ばし、異邦の民にあなたをえじきとして与え、あなたを国々の民の中から断ち滅ぼし、国々の間から消えうせさせる。このとき、あなたは、わたしが主であることを知ろう。(7節)

 滅びる相手を笑う者は、「消え失せる」のです。歴史を大きく捉えると、私たちは、「わたしが主であることを知ろう」と言われる声に、うなずくことがあるのではないでしょうか。







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2017年03月02日

エゼキエル書89 モアブ、セイルへのさばき(エゼキエル書25章8〜14節)



 神である主はこう仰せられる。モアブとセイルは、『見よ、ユダの家は異邦の民と変わらない。』と言った。(エゼキエル書25章8節)
 それゆえ、わたしは、モアブの山地の町々、その国の誉れであるベテ・ハエシモテ、バアル・メオン、キルヤタイムの町々をことごとくあけ放ち、(9節)
 アモン人といっしょに、東の人々に渡して、その所有とし、諸国の民の間でアモン人が記憶されないようにする。(10節)
 わたしがモアブにさばきを下すとき、彼らは、わたしが主であることを知ろう。(11節)

 アモン、モアブ、セイルの順番に名前が挙がっているのは、バビロンが北から来るからです。この三つの国は、遠い日には、イスラエルの縁戚でした。アモンとモアブは、アブラハムの甥ロトのふたりの娘の子供たちから発しています。セイルは、エドムのことで、アブラハムの孫イサクの双子の息子エサウとヤコブの、エサウの子孫です。
 血縁で言えば、エドムの方がアモンやモアブよりイスラエルに近いでしょう。
 かなりの歳月の隔たりがあって、かつてイスラエル(アブラハムの家)と血縁であったということは、彼らにはあまり意味がなかったのかもしれません。

 イスラエルの民が荒野からカナンに入るために上って来たとき、エドムもモアブも、イスラエルの通行を邪魔しました。エドムに対して、モーセは、ただ道を通行させてほしいと頼んだのです。ただ、真っすぐに通り抜けるだけで、迷惑はかけません。もし水を飲んだり食物をもらった時にはお金を払いますと、お願いしたのですが、エドムは許可をしませんでした。
 モアブの王バラクは、占い師バラムをやとってイスラエルを呪わせようとしました。呪に失敗したあとは、さらに上って来るイスラエルの民を、自国の若い娘を動員して誘惑させました。これは、じっさいにも、効果があって、大勢の若いイスラエル人が神の怒りのために殺されました。
 ヨルダン渡河にあと一歩のところに来て、イスラエルはつまずいたのです。これらのことを、主はけっしてお忘れにはなっていなかったのです。

 エドムとモアブは、イスラエルがカナンに入るのを邪魔しました。イスラエルの勢いに恐れたのですが、イスラエルにまことの神が付いておられるという「事実」を恐れていたのです。彼らが、偶像を抱く民であり、その罪が暴かれるのを、本能的に恐れたのでしょう。

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 それでも、神の御計画に用いられた民イスラエルは、カナンに入り、国を立てることができました。王制になったのちは、ダビデ、ソロモンをいただいて絶頂期を迎えた時代もありました。エドム、モアブ、アモンを支配したのです。同時に、支配を受ける側の国々はイスラエルに偶像を持ち込みました。婚姻は政略で、偶像の国々と同盟を結んだ王たちの多くが、みずから偶像に妥協し、イスラエル王国の滅びを招きました。

 イスラエルが崩壊し、エルサレム神殿さえ破壊され、民が捕囚に連れ去られる憂き目に遭いました。それは、アモンはモアブやエドムが、かねがね心に抱いていたイスラエルの滅亡に見えました。
 しかし、神は、小さな国ぐにが思いも及ばない方法で、アモンやモアブやエドムを滅ぼされるのです。
 それが、北から怒涛のようにやってきたバビロンの軍でした。
 
 神である主はこう仰せられる。エドムはユダの家に復讐を企て、罪を犯し続け、復讐をした。(12節)
それゆえ、神である主はこう仰せられる。わたしはエドムに手を伸ばし、そこから人も獣も断ち滅ぼし、そこを廃墟にする。テマンからデダンに至るまで人々は剣で倒される。(13節)
 わたしは、わたしの民イスラエルの手によってエドムに復讐する。わたしの怒りと憤りのままに彼らがエドムに事を行なうとき、エドムは、わたしが復讐するということを知る。――神である主の御告げ――(14節)









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2017年03月03日

エゼキエル書90 ペリシテへのさばき(エゼキエル書25章15〜17節)



 イスラエルの周辺国へのさばきとして、4番目に上げられているのはペリシテです。ペリシテは、アモン、モアブ、エドムとは明らかに異なる民族です。
 まず、アブラハムの血筋ではありません。彼らの出身地は、地中海のクレタ島だとの説が有力で、早くから青銅など金属加工の技術と、金属を用いる文化のなかで、パレスチナにやって来たようです。

 聖書読者にとっては、ペリシテという名前は、創世記から出エジプト記に始まり、ヨシュア記、士師記、サムエル記と、頻出します。一般的に記憶される事件としては、イスラエルの民がエジプトを出たとき、ペリシテ人の地を避けるために、砂漠の方に回り道をしなければならなかったという記述。(出エジプト記13章17節) ヨシュアがカナンの地に入ってから、最後まで占領できなかった地として残っていたのが、ペリシテ人の全地域であると記されている。(ヨシュア記13章2節3節)
 エピソードとしては、士師記の英雄サムソンとペリシテ人との戦い(士師記14章〜16章)。サウル王の時代のペリシテとイスラエルの戦い(Tサムエル記13章)。そして、だれの記憶にも残るダビデとゴリヤテの一騎打ち(Tサムエル記17章)などがあります。

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 「海の民」と呼ばれたペリシテ人は、先進的な文明をもっているうえ、航海術と、そこから得られる情報、また貿易などのために、攻撃的、戦闘的でした。
 イスラエルが約束の地カナンに入っても、ペリシテ人を追い払えなかったために、イスラエル人の相続地は山間地域だったのです。それでも、イスラエルの農産物や牧畜の産物をねらって、ペリシテはしばしば戦いを挑んできたのです。

 イスラエルにとっては、この民との闘争は、王国時代の終焉まで続いたのです。

 神である主はこう仰せられる。ペリシテ人は、復讐を企て、心の底からあざけって、ひどい復讐をし、いつまでも敵意をもって滅ぼそうとした。(エゼキエル書25章15節)
 それゆえ神である主はこう仰せられる。見よ。わたしは、ペリシテ人に手を伸ばし、ケレテ人を断ち滅ぼし、海辺の残った者を消えうせさせる。(16節)
 わたしは憤って彼らを責め、ひどい復讐をする。彼らは、わたしが彼らに復讐するとき、わたしが主であることを知ろう。」(17節)

 神が働いて下さって、バビロンがペリシテを滅ぼすまで、彼らはイスラエルヲ悩ませ続けました。

 ペリシテを今日のパレスチナ人だという解説も見ますが、さとうは自分の歴史知識の貧しさを考え、現代史には踏み込まないつもりです。








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2017年03月04日

エゼキエル書91 ツロへのさばき(エゼキエル書26章1〜14節)



 第十一年のその月の一日に、私に次のような主のことばがあった。(エゼキエル書26章1節)
   「人の子よ。ツロはエルサレムについて、
   『あはは。
   国々の民の門はこわされ、私に明け渡された。
   私は豊かになり、エルサレムは廃墟となった。』と言って
   あざけった。(2節)
   それゆえ、神である主はこう仰せられる。
   ツロよ。わたしはおまえに立ち向かう。
   海の波が打ち寄せるように、
   多くの国々をおまえに向けて攻め上らせる。(3節)
   彼らはツロの城壁を破壊し、
   そのやぐらをくつがえす。
   わたしはそのちりを払い去って、
   そこを裸岩にする。(4節)

 26章は、ツロに対する神のさばきが語られます。
 ツロは、イスラエル王国にとって大きな意味があった都市ですが、改めておさらいをしておきましょう。

 ツロはイスラエルの領土の北にある豊かな港湾都市でした。地中海に面していて、古くから貿易で富を築き、またレバノンの山々を背景にレバノン杉の産地でもありました。
 ツロのさらに北にあるシドンなどとともに、フェニキヤ地方と呼ばれています。
 聖書では、ヨシュアの相続地分配時に、アシェル族に与えられたとして、すでにその名が上がっています。(ヨシュア記19章29節)
 私たち聖書読者にとって一番印象的なツロの役割りは、ダビデの王宮建設の時に、必要な杉材や職人をイスラエルに供給したことでしょう。(Uサムエル記5章11節) ソロモンが神殿建設をするときも、多大な貢献をしました。(T列王記5章、7章) ツロ人はイスラエル人とも婚姻を結び、ソロモンの妻の中にシドン人の女がいたと記録されていますから(T列王記11章1節)当然、ツロの女性もいたことでしょう。
 貿易や地の利の産物で豊かにうるおったツロは、また偶像アシュタロテをいただいていました。このような国は、イスラエルに取って、「見える富」をもたらしましたが、堕落と腐敗ももたらしたのではないでしょうか。また、弱小のイスラエルをあざ笑うことが多かったのではないでしょうか。

 そこで、主のさばきが下るのです。

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   ツロは海の中の網を引く場所となる。
   わたしが語ったからだ。
   ――神である主の御告げ――
   ツロは諸国のえじきとなり、(5節)
   畑にいる娘たちも剣で殺される。
   このとき、彼らはわたしが主であることを知ろう。(6節)
   まことに、神である主はこう仰せられる。
   見よ。わたしは、
   王の王、バビロンの王ネブカデレザルを、
   馬、戦車、騎兵をもって
   多くの民の集団とともに、
   北からツロに連れて来る。(7節)
   彼は畑にいる娘たちを剣で殺し、
   おまえに向かって塁を築き、塹壕を掘り、
   大盾を立て、(8節)
   城壁くずしをおまえの城壁に向けて配置し、
   やぐらを斧で取りこわす。(9節)
   その馬の大群の土煙はおまえをおおう。
   彼が城門にはいるとき、
   打ち破られた町にはいる者のように、
   騎兵と、車両と、戦車の響きに、
   おまえの城壁は震え上がる。(10節)
   彼は、馬のひづめで、
   おまえのちまたをすべて踏みにじり、
   剣でおまえの民を殺し、
   おまえの力強い柱を地に倒す。(11節)
   おまえの財宝は略奪され、
   商品はかすめ奪われ、城壁はくつがえされ、
   住みごこちのよい家は取りこわされ、
   石や、木や、ちりまでも、水の中に投げ込まれる。(12節)
   わたしはおまえの騒がしい歌をやめさせる。
   おまえの立琴の音ももう聞かれない。(13節)
   わたしはおまえを裸岩とする。
   おまえは網を引く場所となり、
   二度と建て直されない。
   主であるわたしが語ったからだ。
   ――神である主の御告げ――(14節)

 ツロの豊かさと強さが、北の強国アッシリヤやバビロンの標的になって行ったのは当然です。その歴史については、明日、少しひもといてみましょう。








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2017年03月05日

エゼキエル書92 ツロに対する神の哀歌(エゼキエル書26章15〜18節)



 ツロの歴史については、ギリシャの歴史家ヘロドトス(BC490~430年)は、ツロの町としてできたのは、BC2740年のことだと言っており、一方、ヨセフィスはBC1290年と書いているそうです。(新聖書辞典)、これほどの隔たりがあり、不確かであるのは、古くから存在して町であっても長い間シドンの植民地だったからではないかと、同辞典に解説があります。事実、イザヤ書では、ツロはシドンの娘と書かれているのです。(イザヤ書23章12節)
 ヨシュアが、アシェル族にツロを相続地として割り当てたとしても実際に、支配できたかどうかはわからない(ヨシュア記19章28節)と思います。ヨシュアの相続地分配には、「これから占領すべき土地」も含まれていたからです。信仰的な希望だった土地もあるでしょう。
 ただ、BC14世紀ごろ、ツロの地方総督が遊牧民ハビルの侵入に遭い、エジプトの王アメンホテブ4世に助けを求めたと記録(テル・エル・アマルナ文書)があるとのことです。この遊牧民ハビルを、出エジプトのイスラエルではないかと推測する説もありますから、ヨシヤのイスラエルがツロを圧迫した歴史があったのではないかと考えられます。

 いずれにしても、ダビデの頃には、ツロはフェニキヤのほとんどを支配し、豊かな国として君臨していました。ツロの王がダビデと契約を結んで、王宮建設のために杉材や職人を供給したのは、彼らの支配地域の広さ、支配力の大きさ、さらに文化の高さを意味すると思います。ツロは,ダビデとの契約の見返りに、カナンの農産・畜産物を望んだのです。

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繁栄していたツロにも、やがて危機が訪れます。アッシリヤの台頭で、BC9世紀全般にはアッシリヤの支配下に入ってしまいました。
 
 神である主はツロにこう仰せられる。刺された者がうめき、おまえの中で虐殺が続けられ、おまえがくずれ落ちるとき、その響きに、島々は身震いしないだろうか。(エゼキエル書26章15節)
 海辺の君主たちはみな、その王座をおり、上着を脱ぎ、あや織りの着物を脱ぎ、恐れを身にまとい、地面にすわり、身震いしながら、おまえのことでおののき、(16節)
  おまえについて、哀歌を唱えて言う。
  海に住む者よ。
  おまえはどうして海から消えうせたのか。
  海で強くなり、ほめはやされた町よ。
  すべての住民を恐れさせたその町とその住民よ。(17節)
  今、島々はおまえがくずれ落ちる日に身震いし、
  海沿いの島々は
  おまえの最期を見ておびえている。(18節)

 仏教的史観では栄枯盛衰というのがありますが、繁栄の国ツロの悲惨は、創造者神によって起こされた歴史の摂理でした。聖書は、ツロの繁栄と衰亡は、神の御業であることを語っているのです。







posted by さとうまさこ at 09:31| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする