2017年04月29日

エゼキエル書143 聖所と至聖所、宝物蔵(エゼキエル書41章5節〜14節、U列王記20章12節~18節)



 ここで、エゼキエルが神殿に案内された順路を、もう一度、確認しておきましょう。

 正面玄関→階段→通路→北門→南門→南門から内庭へ、(エゼキエル書40章6節〜43節)
 東門→北門→神殿の玄関の間→本堂へ。(41章1節〜4節)


 彼が神殿の壁を測ると、六キュビト、神殿の周囲を囲む階段式の脇間の幅は四キュビトであった。(エゼキエル書41章5節)
 階段式の脇間は三段に重なり、各段に三十あった。神殿の周囲の階段式の脇間は壁に固定してささえられ、神殿の壁は梁でささえられていなかった。(6節)
 階段式の脇間の幅は階段を上るごとに広くなっていた。それは神殿の周囲にあるらせん階段を上るごとに、その段の幅も広くなり、その下の段から上の段へは中央の階段を通って上るのである。(7節)
 私は神殿の回りが高くなっているのを見た。階段式の脇間の土台は、長めの六キュビトの測りざおいっぱいであった。(8節)

 ここで、神殿と書かれているのは、神殿の中の本堂のことです。本堂は、至聖所と、拝殿と呼ばれる聖所から成っています。

 階段式の脇間の外側の壁の厚さは五キュビトであった。神殿の階段式の脇間と、(9節)
 部屋との間には空地があり、それが神殿の周囲を幅二十キュビトで囲んでいた。(10節)
 階段式の脇間の入口は空地のほうに向き、一つの入口は北向きで、他の入口は南のほうに向き、その空地は幅五キュビトで周囲を囲んでいた。(11節)

 この脇間は、神殿の宝物を納めるためのものであると考えられる。(新実用聖書注解・いのちのことば社p1123) 神殿の宝物蔵については、これまでも何度も聖書に記述がありました。たとえば、ヒゼキヤは、病気が快癒したとき見舞いに来てくれたバビロン王の使いに宝物蔵の扉を開いて、すべての宝物を見せたのです。(U列王記20章12節~18節)
 これが、のちのバビロンのエルサレム侵略の大きな目的になってしまったことは事実でした。主の物を、俗世の感覚で自慢げに披露する過ちが記録されている重大な箇所です。
 宝物庫が本殿を守るようにその脇にある意味を、私たちは、ここで改めて考えてしまうのではないでしょうか。

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 さらに至聖所の大きさが紹介されています。西側の聖域は至聖所のこと、東側の聖域は聖所(拝殿)のことです。

 西側の聖域にある建物は、その奥行が七十キュビト、その建物の回りの壁は、厚さ五キュビト、その間口は九十キュビトであった。(12節)
 彼が神殿を測ると、長さは百キュビト、その聖域と建物とその壁とで、長さ百キュビトであった。(13節)
 また、東側の聖域と神殿に面する幅も百キュビトであった。(14節)






posted by さとうまさこ at 10:50| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする