2017年05月01日

エゼキエル書144 ケルビムとやつめやしの彫刻(エゼキエル書41章15節〜26節)



 克明な神殿の描写が続きますが、これをエゼキエルは民に告げるように命じられているわけです。(エゼキエル書40章4節) その意味は、回復された(未来の)エルサレムで神殿が存在するまぼろしこそが、神の最終的、決定的な救いを意味しているからでしょう。この神殿は第四神殿と呼ばれています。
 この神殿の克明な説明のほとんどが、神殿の間取りと、各部分の寸法を語ることに費やされています。エゼキエルが、自分の民に具体的な大きさを告げることによって、それが単に空想的なものではなく、実在するものであると認識させるためかと思います。

 彼が神殿の裏にある聖域に面した建物の長さと、両側の回廊とを測ると、百キュビトであった。本堂の内側と、庭の玄関の間、(エゼキエル書41章15節)
 門口と格子窓と三段になった回廊とは、床から窓まで羽目板が張り巡らされていた。また、窓にはおおいがあった。(16節)
 入口の上部にも、神殿の内側にも外側にも、これを囲むすべての壁の内側にも外側にも彫刻がしてあり、(17節)

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 ソロモンの神殿では、建築材料について多くを語っていますが、ここでは、壁も柱もその材料が書かれていません。ソロモンの神殿では、本堂の内側を金でおおい、床にも金をかぶせたことが記されています。(T列王記6章19節~30節) 神殿の材料は杉材で、土台は石材だったのですが、未来の神殿では材料はわかりません。

 代わりに以下のような描写があります。

 ケルビムと、なつめやしの木とが彫刻してあった。なつめやしの木はケルブとケルブとの間にあり、おのおのケルブには二つの顔があった。(18節)
 人間の顔は一方のなつめやしの木に向かい、若い獅子の顔は他方のなつめやしの木に向かい、このように、神殿全体の回りに彫刻してあった。(19節)
 床から入口の上まで、本堂の壁にケルビムとなつめやしの木が彫刻してあった。(20節)
 本堂の戸口の柱は四角で、至聖所の前には何かに似たものがあった。(21節)

 ケルビムとなつめやしの木の彫刻が意味するものを、新実用聖書注解はつぎのように解説しています。
 なつめやしはオアシスを連想させ、ケルビムは主の栄光の臨在を表示する。主の御前の祝福が示されつつ、その栄光の聖さが守られている。(同p1122)
 次に記されているのは、至聖所に置かれる机です。机は、出エジプト記であかしの箱の次に制作が命じられているものです。(出エジプト記25章23節)

 それは木の祭壇のようであり、高さは三キュビト、長さは二キュビトで、その四隅も台も側面も木でできていた。彼は私に、「これが主の前にある机だ。」と言った。(22節)
 また、本堂と至聖所にそれぞれ二つのとびらがあり、(23節)
 それらのとびらにはそれぞれ二つの戸が折りたたむようになっていた。すなわち、一つのとびらには二つの戸があり、ほかのとびらにも二つの戸があった。(24節)
 本堂のとびらには、壁に彫刻されていたのと同じようなケルビムとなつめやしの木が彫刻してあった。外側の玄関の間の前には木のひさしがあった。(25節)
 玄関の間の両わきの壁には格子窓となつめやしの木があり、神殿の階段式の脇間とひさしも同様であった。(26節)






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2017年05月02日

エゼキエル書145 未来の神殿における祭司と犠牲(エゼキエル書42章1節〜20節)



 彼は私を北のほうの外庭に連れ出し、聖域に面し、北方の建物に面している部屋へ連れて行った。(エゼキエル書42章1節)

 エゼキエルは、御使いによって外庭の北のほうに連れ出されます。そこには、本殿を守るように回廊をもった部屋があるのです。

 その長さは百キュビト、その端に北の入口があり、幅は五十キュビトであった。(2節)
二十キュビトの内庭に面し、外庭の石だたみに面して、三階になった回廊があった。(3節)
 部屋の前には幅十キュビトの通路が内側にあり、その長さは百キュビトであった。その部屋の入口は北に向いていた。(4節)
 上の部屋は、回廊が場所を取ったので、建物の下の部屋よりも、また二階の部屋よりも狭かった。(5節)
 なぜなら、これらは三階建てであり、庭の柱のような柱がないためである。それで、上の部屋は下の部屋よりも、また二階の部屋よりも狭かった。(6節)
 部屋に沿った外側の石垣は、外庭のほうにあって、部屋に面し、その長さは五十キュビトであった。(7節)
 したがって、外庭に面する部屋の長さは五十キュビトであった。しかし、本堂に面する側は百キュビトであった。(8節)
 これらの部屋の下には、外庭からはいれるように、東側に出入口があった。(9節)
 聖域や建物に面している南側の庭の厚い石垣の中には、部屋があった。(10節)
 その部屋の通路は、北側の部屋と同じように見え、長さも同じ、幅も同じで、そのすべての出口も構造も入口も、同様であった。(11節)
 南側の部屋の入口も同様で、通路の先端に入口があり、東側の石垣に面し、そこからはいれる通路があった。(12節)

 この部屋の構造と見取り図を、さとうはうまく説明することができません。ここでも、空知太栄光キリスト教会の銘形牧師のHPを援用させていただきます。
 牧師の書斎
http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%AC%E3%83%A0%E7%A5%9E%E6%AE%BF%E3%80%80%283%29%20%E7%A5%AD%E5%8F%B8%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E9%83%A8%E5%B1%8B

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 彼は私に言った。「聖域に面している北の部屋と南の部屋は、聖なる部屋であって、主に近づく祭司たちが最も聖なるささげ物を食べる所である。その場所は神聖であるから、彼らはそこに最も聖なる物、すなわち穀物のささげ物、罪のためのいけにえ、罪過のためのいけにえを置く。(13節)
 祭司たちは聖所にはいったなら、そこから外庭に出てはならない。彼らが奉仕に用いる服は神聖だから、それを脱いで他の服に着替えてから民の所に近づかなければならない。」(14節)
 彼は、神殿の内側を測り終えると、東向きの門に私を連れ出し、神殿の周囲を測った。(15節)
 彼が測りざおで東側を測ると、測りざおで五百さおであった。(16節)
 北側を測ると、測りざおで五百さおであった。(17節)
 南側を測ると、測りざおで五百さおであった。(18節)
 彼が西側に回って測りざおで測ると、五百さおであった。(19節)
 彼が外壁の回りを巡って四方を測ると、その長さは五百さお、幅も五百さおで、聖なるものと俗なるものとを区別していた。(20節)

 本殿の壁に沿って、宝物を入れる部屋が並んでいましたが、ここで紹介されているのは、その外側にあります。祭司の部屋だとされています。

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 さとうが、よく理解できないのは、未来の神殿がこのような厳密で正確なサイズとともに提示されていることです。祭司のための部屋は、たんに着替え部屋や食事室ではありえません。祭司は聖なる方(神)に仕える者であり、それゆえ、聖なる内庭に入ることができる選ばれた人たちです。その祭司の聖性がこれほど厳格に示されていることの意味を考えなければならないと思っていますが、これは時間がかかります。

 たとえば、初めて会見の天幕の制作が命じられ、また、祭司制度が発足したとき、モーセは、アロンとその子らへの認証式を行なっています。(出エジプト記40章13節~16節) 奉仕を行なう祭司に対する務めは、ソロモンが神殿建造したときにも示されています。(T列王記8章4節~13)
 それが、未来の神の神殿にも示されているというのは、この神殿が、一般に考えられているような終末期の物ではないのでしょうか。
 キリストの贖いを受けた新約の民にとって、すでに犠牲を屠りささげる神殿は、必要でないように思えます。
 
 ある牧師にお伺いしたところ、この未来の神殿は、これ自体が永遠の御国を顕しているとのことです。とすると、祭司しか入ることができなかった神殿に、私たちも入ることができる世界――それが、完成された未来の神の国の姿だということなのでしょうか。
 本物の祝福は、このような場所で味わえると示唆されているのでしょうか。






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2017年05月03日

エゼキエル書146 主の栄光の帰還(エゼキエル書43章1節〜19節)



 御使いは、エゼキエルを神殿に案内し、その見取り図と正確な寸法を提示して見せました。その順路は以前にも書きましたが、もう一度ご覧ください。

 正面玄関→階段→通路→北門→南門→南門から内庭へ、(エゼキエル書40章6節〜43節)
 東門→北門→神殿の玄関の間→本堂へ。(41章1節〜4節)
 北門を出て、祭司の間を見る。(42章1節~14節)
 神殿の東門に戻る。(43章1節~12節)

 今日は、エゼキエルと御使いが神殿の東門で見るまぼろしについて語られています。

 彼は私を東向きの門に連れて行った。(エゼキエル書43章1節)
 すると、イスラエルの神の栄光が東のほうから現われた。その音は大水のとどろきのようであって、地はその栄光で輝いた。(2節)

 東の門は、神殿の正門です。かつて、主はここから、出て行かれたのです。(エゼキエル書10章18節、11章23節) 
 ふたたび、主の栄光が東の方から現れたのは、主が神殿に帰還されたことを意味しています。その物音が、「大水のとどろきのようであった」というレトリックは、その荘厳さを形容していると思われます。(同1章24節)

 私が見た幻の様子は、私がかつてこの町を滅ぼすために来たときに見た幻のようであり、またその幻は、かつて私がケバル川のほとりで見た幻のようでもあった。それで、私はひれ伏した。(3節)
 主の栄光が東向きの門を通って宮にはいって来た。(4節)
 霊は私を引き上げ、私を内庭に連れて行った。なんと、主の栄光は神殿に満ちていた。(5節)

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 ある人が私のそばに立っているとき、私は、神殿からだれかが私に語りかけておられるのを聞いた。(6節)
その方は私に言われた。「人の子よ。ここはわたしの玉座のある所、わたしの足の踏む所、わたしが永遠にイスラエルの子らの中で住む所である。イスラエルの家は、その民もその王たちも、もう二度と、淫行や高き所の王たちの死体で、わたしの聖なる名を汚さない。(7節)

 この場面は、主の帰還、そして、再び神殿に臨在しておられる様子が語られる。いわば、イスラエルの回復のクライマックスの場面です。
 御使いに連れられて、エゼキエルは神殿の前にいます。主は、イスラエルに神殿の場所の意味を語っておられます。
 主の玉座のある場所である神殿を二度と汚してはならないと、主は戒めておられるのです。

 彼らは、自分たちの門口をわたしの門口のそばに設け、自分たちの戸口の柱をわたしの戸口の柱のかたわらに立て、わたしと彼らとの間には、ただ壁があるだけとなり、彼らの忌みきらうべきわざによってわたしの聖なる名を汚した。そこでわたしは怒って、彼らを絶ち滅ぼした。(8節)

 かつて、イスラエルの民が、どのように聖所を汚したかが、なぜ、主が民や王を取り除かれたか、語られた後、主は、約束して下さいます。

 今、彼らにその淫行や王たちの死体をわたしから遠く取り除かせなければならない。わたしは永遠に彼らの中に住もう。(9節)







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2017年05月04日

エゼキエル書147 神殿――民が造らなければならないもの(エゼキエル書43章10節〜14節)



 人の子よ。イスラエルの家が自分たちの不義を恥じるために、彼らに神殿を示し、彼らにその模型を測らせよ。(エゼキエル書43章10節)
 もし彼らが、自分たちの行なったあらゆることを恥じるなら、あなたは彼らに神殿の構造とその模型、その出口と入口、すなわち、そのすべての構造、すべての定め、すべての構造、すべての律法を示し、彼らの目の前でそれを書きしるせ。彼らが、そのすべての構造と定めとを守って、これを造るためである。(11節)
 宮に関する律法は次のとおりである。山の頂のその回りの全地域は最も神聖である。これが宮に関する律法である。(12節)

 ここは、エゼキエルに示された神殿のイメージを民に示すようにとの御命令です。第二神殿まで破壊されてしまったと聞いた捕囚の民は、虚脱と絶望のなかにいたことでしょう。未来に回復される神殿の模型図と神殿回復の約束は、「神の民・イスラエル」の人たちには、究極の希望だったのではないでしょうか。

 新実用聖書注解は、この箇所について、「神殿の構造はあらゆる点において主の聖さを示し、それを守るものであるので、それが民に示されると、民は自分たちがそのような主の聖さを汚してきたことを悟るようになることが期待されている。(p1123)」と、語っています。

 この解説の先にあるのは、これほどの聖い神が、それでも、あえて罪を犯した者たちに、チャンスを与えて下さっているのがわかることです
 それは、神が仰せのとおりに、神殿をもう一度立て直すチャンスです。

 究極の神殿は、キリストがお出でになって完成させて下さったと思うのです。キリストを信じる信仰だけで、罪を許され、永遠の御国に入れていただけるなんて、エゼキエルの時代の人たちは知っていた?
 神様が、私たちに求めておられるのは、知識ではなく、従順なんですね。ご命令に従って「造る」ことなんだと、筆者は思ったのです

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 神様がお示しになる神殿を造ることで、聖い神が私たち罪ある者の罪を許して下さるとすれば、この場合、神殿の中で、重要な設備が必然的に、語られることになります。

 罪ある人間は、神に近づくために、罪の代価として犠牲を携えて行ったのです。空手(からて)=手ぶらというわけにはいきません。祭壇は犠牲を屠ったり、供えたりする場所ですから、ここを通過することなしに、神の御前に出ることはかないません。
 そこで、祭壇に対する正確な寸法とデザインが示されています。

 キュビトによる祭壇の寸法は次のとおりである。――このキュビトは、普通のキュビトに一手幅足したものである。――その土台の深さは一キュビト、その回りの縁の幅は一キュビト、みぞは一あたりである。祭壇の高さは次のとおりである。(13節)
 この地面の土台から下の台座までは二キュビト、回りの幅は一キュビト。この低い台座から高い台座までは四キュビト、その回りの幅は一キュビト。(14節)






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2017年05月05日

エゼキエル書148 ささげ物の規定(エゼキエル書43章15節〜27節)



 祭壇の炉は高さ四キュビトであり、祭壇の炉から上のほうへ四本の角が出ていた。(エゼキエル書43章15節)
 祭壇の炉は長さ十二キュビト、幅十二キュビトの正方形である。(16節)
 その台座は長さ十四キュビト、幅十四キュビトの正方形で、その回りのみぞは半キュビト、その縁は一キュビトであり、その階段は東に面している。」(17節)

 聖書において、祭壇は、箱舟から出てきたノアが、「主のために祭壇を築き・・・祭壇の上で全焼のいけにえをささげた。」のが最初の記述です。(創世記8章20節)
 ハランで、主に召されたアブラム(アブラハム)が、主のお導きのとおりカナンに入ったとき、シェケムの場、モレの樫の木のところで、祭壇を築きました。それは、彼に現れて下さった主のための物でした。(創世記12章7節)
 
その後、祭壇の記述は何度も出てきます。アブラム、イサク、ヤコブ、モーセも祭壇を築きました。神の顕現を前にして、犠牲を献げるためです。これらは、のちの幕屋、神殿礼拝のように、人が神に近づくために犠牲を携えるというより、「自分に現れて下さった主のために」(創世記12章7節)、いわば、感謝のために祭壇を築いたのでしょうか。

 いずれにしても、最初は、モーセに命じられた幕屋の祭壇は、比較的小型であったのです。幅、長さともに5キュビトで、とくに高さは3キュビトと定められています。階段なしに手が届く高さです。(出エジプト記27章1節) この時の1キュビトが45センチ余りですから、エゼキエルの見た祭壇とは格段の違いです。幕屋では、祭壇は固定されたものではなく、移動の旅に持ち運ぶか新しく築いたのでしょう。

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 彼は私に言った。「人の子よ。神である主はこう仰せられる。祭壇の上で全焼のいけにえをささげ、血をそれに注ぎかけるために祭壇を立てる日には、次のことが祭壇に関する定めとなる。(18節)
 わたしに仕えるために、わたしに近づくツァドクの子孫のレビ人の祭司たちに、あなたは、罪のためのいけにえとして若い雄牛一頭を与えよ。――神である主の御告げ――(19節)
 あなたは、その血を取って、祭壇の四本の角と、台座の四隅と、回りのみぞにつけ、祭壇をきよめ、そのための贖いをしなければならない。(20節)

 犠牲をささげるときに最初にしなければならないのは、犠牲の血を注ぎかけてきよめることです。その仕事は、祭司の家系の中でも、ツァドクの子孫と指定されています。
 祭司ツァドクは、ダビデが死に臨んで、王位をソロモンに決定したとき、ソロモン政権につく祭司として名前が挙がっています。

 いけにえを献げる手順については以下のとおりです。雄牛、雄やぎの血で祭壇をきよめます。

 またあなたは、罪のためのいけにえの雄牛を取り、これを聖所の外の宮の一定の所で焼かなければならない。(21節)
 二日目に、あなたは、傷のない雄やぎを罪のためのいけにえとしてささげ、雄牛できよめたように、祭壇をきよめよ。(22節)
 きよめ終えたら、あなたは、傷のない若い雄牛と群れのうちの傷のない雄羊とをささげよ。(23節)
 あなたは、それらを主の前にささげ、祭司たちがそれらの上に塩をまき、全焼のいけにえとして主にささげなければならない。(24節)

 つぎに傷のない若い雄牛を、傷のない雄羊を全焼のいけにえとしてささげます。

 七日間、あなたは毎日、罪のためのいけにえとして雄やぎをささげ、傷のない若い雄牛と群れのうちの傷のない雄羊とをささげなければならない。(25節)
 七日間にわたって祭壇の贖いをし、それをきよめて使い始めなければならない。(26節)

 罪のためのいけにえは、七日間にわたって繰り返されるのです。

 この期間が終わり、八日目と、その後は、祭司たちが祭壇の上で、あなたがたの全焼のいけにえと和解のいけにえとをささげなければならない。そうすれば、わたしはあなたがたを受け入れる。――神である主の御告げ――」(27節)

 8日目になってようやく、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげるのです。和解のいけにえは、神様が人間に赦しを与えて下さったことを祝うのでしょう。これは、もともとは、祭司とささげた者が食したのです。







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