2017年05月07日

エゼキエル書150 祭司への戒め(エゼキエル書44章17節〜23節)



 彼らは内庭の門にはいるときには、亜麻布の服を着なければならない。内庭の門、および神殿の中で務めをするときは、毛織り物を身に着けてはならない。(エゼキエル書44章17節)
 頭には亜麻布のかぶり物をかぶり、腰には亜麻布のももひきをはかなければならない。汗の出るような物を身に着けてはならない(18節)。
 彼らが外庭に出て、外庭の民のところに出て行くときは、務めのときに着ていた服を脱ぎ、それを聖所の部屋にしまい、ほかの服を着なければならない。その服によって民を聖なるものとしないためである。(19節)
 彼らは頭をそってはならない。髪を長く伸ばしすぎてもいけない。頭は適当に刈らなければならない。(20節)

 ここでは、祭司に対する戒めが並んでいます。祭祀儀礼と祭司に対する決まりは、出エジプト記、レビ記でも膨大な紙面を割いて語られていますが、新しい神殿であらためて記述されるのは、祭司の責務と役割がどれほど重大かです。
 祭司が内庭、さらに聖所、至聖所に入るときに着る装束は、亜麻布の衣服です。毛織物の衣装を付けてはいけないというのは、牧畜民である彼らには、毛織物がありふれた日常着だったからでしょう。また、毛織物はあたたかく、汗もかきます。生理的にむさくるしいにおいなどは、聖い場所にはそぐわないと考えられたのでしょう。同時に、装束を着る場所も厳格に定められていたようです。神の前に出るときと、外にいるときにきちんと着替えるけじめが大切でした。

 祭司は、頭にかみそりを当てないこと(レビ記21章5節)というのは、からだを刃物で傷つける恐れがあるからですね。犠牲の動物にも「傷のない物」と定められているように、神様に身をささげる祭司の身体は完全でなければならず、大切なのです。

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 祭司は同様に、聖い生活、神の御前に「道徳的な」生活をしなければなりませんでした。それは、当然普通の人たちより厳格でした。たとえば、職務を行なうときアルコール飲料は厳禁、妻となる女にもいろいろの条件がありました。

 祭司はだれも、内庭にはいるときには、ぶどう酒を飲んではならない。(21節)
 やもめや、離婚された女を妻にしてはならない。ただ、イスラエルの民のうちの処女をめとらなければならない。しかし、やもめでも、それが祭司のやもめであれば、めとってもよい。(22節)
 彼らは、わたしの民に、聖なるものと俗なるものとの違いを教え、汚れたものときよいものとの区別を教えなければならない。(23節)

 これらの条件は、今から見ると、女性への蔑視があるような気もします。もとより、神は戦争で夫を失ったような女たちやDVや夫の不貞で離婚に至った女たちの事情に、あわれみをかけない方ではないと思います。しかし、「神の御前に」聖いものと、俗なるものが示されているのです。離婚された女はもちろん、すでに男を「知っている」やもめも、神が厭われると考えられたのでしょう。







posted by さとうまさこ at 08:20| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする