2017年05月12日

エゼキエル書155 主の例祭とささげ物(エゼキエル書45章16節〜25節)



 国のすべての民に、この奉納物をイスラエルの君主に納めさせよ。(エゼキエル書45章16節)

 神が、はかりと桝の基準を再確認させられたのは、課せられる税の徴収を正確にするためです。神の国では、土地は神の所有物です。民は神から、神の地を分配していただいたのですから、とうぜん、税や奉納物としていくらかをお返しするのです。それを正確にするために必要なのが、はかりと桝です。定められたメジャーに従うのは、人と人との取引においても基本となり、人間関係の信頼、ひいては国の安定に結びつきます。
 それが神の国のルールであり、そのような基礎の上に、実際に国を治める君主が、正しい政治ができるのでしょう。

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 君主は、祭りの日、新月の祭、安息日、すなわち、イスラエルの家のあらゆる例祭に、全焼のいけにえ、穀物のささげ物、注ぎのぶどう酒を供える義務がある。彼はイスラエルの家の贖いのため、罪のためのいけにえ、穀物のささげ物、全焼のいけにえ、和解のいけにえをささげなければならない。(17節)
 神である主はこう仰せられる。第一の月の第一日に、あなたは傷のない若い雄牛を取り、聖所をきよめなければならない。(18節)

 主の例祭は、出エジプトの時(後)に定められた祭りでした。イスラエルの民が、奴隷であった境涯から救われ、神とご契約を結んで新しく歩み始めたその始まりを記念するためのものです。
 毎週の安息日、過ぎ越しと種を入れないパンの祭り、7周の祭り、ラッパの日、贖罪の日、仮庵の祭りが定められ、その規定は、レビ記23章に総括的に記されている。(新聖書辞典)

 ここでは、君主がこれらの例祭を取りしきり、ささげ物をする務めが命じられています。
 つぎに書かれている祭司の仕事と君主の仕事は、ここではいっしょに語られています。君主は祭司的な働きもしたのでしょう。

 祭司は罪のためのいけにえから、血を取り、それを宮の戸口の柱や、祭壇の台座の四隅や、内庭の門の脇柱に塗らなければならない。(19節)
 その月の七日にも、あなたは、あやまって罪を犯した者やわきまえのない者のためにこのようにし、宮のために贖いをしなければならない。(20節)
 第一の月の十四日に、あなたがたは過越の祭りを守り、その祭りの七日間、種を入れないパンを食べなければならない。(21節)
 その日に君主は、自分のためと国のすべての民のために、罪のためのいけにえとして雄牛をささげなければならない。(22節)
 その祭りの七日間、彼は全焼のいけにえとして傷のない七頭の雄牛と七頭の雄羊を、七日間、毎日、主にささげなければならない。また一頭の雄やぎを、罪のためのいけにえとして、毎日ささげなければならない。(23節)
 穀物のささげ物は、雄牛一頭に一エパ、雄羊一頭に一エパをささげなければならない。油は一エパごとに一ヒンとする。(24節)
 第七の月の十五日の祭りにも、七日間、これと同じようにささげなければならない。すなわち、罪のためのいけにえ、全焼のいけにえ、穀物のささげ物、それに油を、同じようにささげなければならない。(25節)

 第七の月の一五日は、仮庵の祭りが始まる日です。これは実質的には収穫祭だったのですが、イスラエルの三大祭でとりわけ重要な祭りです。
 新聖書注解(いのちのことば社)次のように註解があります。

 ――この祭りは、イスラエルの民のエジプトからの脱出に関連し、荒野における放浪と仮小屋での居住を記念する意味合いを持っている。(レビ記23章)――








posted by さとうまさこ at 10:15| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする