2017年05月20日

エゼキエル書163 救い主のみわざ――いのちの水(エゼキエル書47章13節〜23節、イザヤ書41章17節~20節)



 先に、千年王国における預言者イザヤの美しい預言を紹介しましたが(イザヤ書11章)、北王国イスラエルがアッシリヤによって滅ぼされ、(BC723-BC722年)その脅威がひたひたと南ユダにも迫っていた不安の時代に、神はイザヤに、イスラエルの回復だけでなく、やがて来られるメシヤに関する預言を授けておられます。

  悩んでいる者や貧しい者が水を求めても
  水はなく、
  その舌は渇きで干からびるが、
  わたし、主は、彼らに答え、
  イスラエルの神は、彼らを見捨てない。(イザヤ書41章17節)
  わたしは、裸の丘に川を開き、
  平地に泉をわかせる。
  荒野を水のある沢とし、
  砂漠の地を水の源とする。(18節)
  わたしは荒野の中に杉や、アカシヤ、
  ミルトス、オリーブの木を植え、
  荒地にもみの木、
  すずかけ、桧も共に植える。(19節)
  主の手がこのことをし、
  イスラエルの聖なる者がこれを創造したことを、
  彼らが見て知り、
  心に留めて、共に悟るためである。(20節)

 荒野が水のある沢となり、砂漠の地が水の源になるのは、まさに「聖所から流れる水」が地を潤すからです。それは、聖所から流れ出るもので、聖所には、まさに神が臨在されるのですから、すべては、神が行なわれることです。
 造り主であり、また、救い主(メシヤ)である神の預言が、すでにはっきりと、示されているのです。

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 ふたたび相続地の分配に対する御命令が記されます。

 神である主はこう仰せられる。あなたがたがイスラエルの十二の部族にこの国を相続地として与える地域は次のとおりである。ヨセフには二つの分を与える。(エゼキエル書47章13節)
 あなたがたはそれを等分に割り当てなければならない。それはわたしがかつてあなたがたの先祖に与えると誓ったものである。この地は相続地としてあなたがたのものである。(14節)
 その地の境界線は次のとおりである。北側は、大海からヘテロンの道を経て、ツェダデの入口に至り、(15節)
 ハマテ、ベロダ、およびダマスコの領土とハマテの領土の間にあるシブライム、さらにハウランの領土に面したハツェル・ハティコンに至る。(16節)
 海から始まる境界線はダマスコの境界のハツァル・エナンに至り、北は北のほうへ、ハマテの境界にまで至る。これが北側である。(17節)
 東側は、ハウランとダマスコの間と、ギルアデとイスラエルの地の間のヨルダン川が、東の海を経てタマルに至るまでの境界線である。これが東側である。(18節)
 南側は、タマルから南に向かってメリバテ・カデシュの水と川に至り、大海に至るまでである。これが南側である。(19節)
 西側は、大海が境界となり、レボ・ハマテにまで至る。これが西側である。(20節)

 神との正しい関係は、その契約の始めを確認することから始まると言われているようです。相続地の地境を確認し直すことは、それぞれの民に与えられた使命があるからではないでしょうか。相続地を与えて下さった方を確認し直すことは、偶像礼拝など、ほかの神々を拝む悪を覚えさせるでしょう。

 あなたがたは、この地をイスラエルの部族ごとに割り当てなければならない。(21節)

 しかし、ここでの、相続地の分与には、ヨシュア記にはなかった画期的な御命令があります。相続地は、在留異国人にも与えられるのです。

 あなたがたと、あなたがたの間で子を生んだ、あなたがたの間の在留異国人とは、この地を自分たちの相続地として、くじで割り当てなければならない。あなたがたは彼らをイスラエル人のうちに生まれた者と同じように扱わなければならない。彼らはイスラエルの部族の中にあって、あなたがたといっしょに、くじで相続地の割り当てを受けなければならない。(22節)
 在留異国人には、その在留している部族の中で、その相続地を与えなければならない。――神である主の御告げ――(23節)

 在留異国人がイスラエル人の間で生きのびるために、彼らを保護する決まりが、出エジプト記から定められています。(出エジプト記22章21節) しかし、ここでは、たんに保護ではなく、相続地を与える――つまり、神は彼らをも顧みておられることが、確認されているのです。
 これこそ、救いがもともとユニバーサルなものであるというメシヤの愛を示すものではないでしょうか。







posted by さとうまさこ at 11:32| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする