2017年06月01日

ダニエル書5 まことの神からの啓示――王の夢を巡るいきさつ2(ダニエル書2章25節〜30節)



 そこで、アルヨクは急いでダニエルを王の前に連れて行き、王にこう言った。「ユダからの捕虜の中に、王に解き明かしのできるひとりの男を見つけました。」(ダニエル書2章25節)

 物語は、どんどん動いています。このように登場人物が動いている(アクションがある)場面は、物語の中に引きこまれやすいですね。映画やアニメに作りやすいのではないでしょうか。
 聖書を読むのに、そのような語りの「手法」に焦点を当てるなんて、神様にお叱りを受けるかもしれません。神様のことばは、神様がもっとも私たちが理解しやすいように、聖書となって与えられたものだと、私もわかっているつもりですが。

 ともあれ、ダニエルから良い返答を得た侍従長アルヨクは、ネブカデレザル王の前に出て行ったのです。うやうやしく、王が喜ぶに違いない答えを持って出たのです。

 それで王は、ベルテシャツァルという名のダニエルに言った。「あなたは私が見た夢と、その解き明かしを私に示すことができるのか。」(26節)

 ベルテシャツァルという名は、バビロンがダニエルに与えた名前です。ユダヤの名ではなくバビロンの名を名乗らされていたのです。
 ダニエルとは、「神はさばき給う」の意味。一方、ベルテシャツァルは、「彼の命を守りたまえ」の意味。ダニエルとともにいた三人とともに、彼らは「主に対する信仰告白の名」であったのが、バビロンの偶像の神に関係のある名に改名させられたのです。(新実用聖書注解・いのちのことば社P1134)

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 ダニエルは王に答えて言った。「王が求められる秘密は、知者、呪文師、呪法師、星占いも王に示すことはできません。(27節)
 しかし、天に秘密をあらわすひとりの神がおられ、この方が終わりの日に起こることをネブカデネザル王に示されたのです。あなたの夢と、寝床であなたの頭に浮かんだ幻はこれです。(28節)

 主――まことの神――を戴いているダニエルの面目躍如の箇所です。星や偶像の神々にお伺いを立てる者は、どれほどたくさんいても、決して真理に届きません。どのような秘密も見抜くことができる方は天におられるただおひとりの神です。これは、ただ、信じ込んでそう思っているのではなく、ダニエルにとっては、神との深い交わりの中から、実際に体得していたことでもあるはずです。しっかりした神との信頼関係があればこそ、祈りの結果ダニエルは、王の夢もその解き証しも、知ることができたのです。
 しかし、ダニエルはあくまで、謙遜です。神様に首を垂れるように、王の前でも謙遜にふるまい、その秘密は、ネブカデレザル王が「特別な人」であるからだと、前置きしています。

 王さま。あなたは寝床で、この後、何が起こるのかと思い巡らされましたが、秘密をあらわされる方が、後に起こることをあなたにお示しになったのです。(29節)
 この秘密が私にあらわされたのは、ほかのどの人よりも私に知恵があるからではなく、その解き明かしが王に知らされることによって、あなたの心の思いをあなたがお知りになるためです。(30節)






 

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2017年06月02日

ダニエル書6 夢の解き明かし――興亡する大国(ダニエル書2章31節〜40節)



 王さま。あなたは一つの大きな像をご覧になりました。見よ。その像は巨大で、その輝きは常ならず、それがあなたの前に立っていました。その姿は恐ろしいものでした。(ダニエル書2章31節)
 その像は、頭は純金、胸と両腕とは銀、腹とももとは青銅、(32節)
 すねは鉄、足は一部が鉄、一部が粘土でした。(33節)
 あなたが見ておられるうちに、一つの石が人手によらずに切り出され、その像の鉄と粘土の足を打ち、これを打ち砕きました。(34節)
 そのとき、鉄も粘土も青銅も銀も金もみな共に砕けて、夏の麦打ち場のもみがらのようになり、風がそれを吹き払って、あとかたもなくなりました。そして、その像を打った石は大きな山となって全土に満ちました。(35節)
 これがその夢でした。私たちはその解き明かしを王さまの前に申し上げましょう。(36節)

 この夢の描写に対して、私のような一読者の「解説」は、余計であるような気がします。「巨大な光輝く像」――それは多分、怪獣ではなく人型なのでしょうが――書かれているのは容貌ではなく、材料です。上から、金、銀、銅、鉄、土になっています。なにかとても強そうですが、それが一つの石で足を打たれると、粉々に砕けて風に吹き払われ、跡形もなくなったというのです。とてもドラマチックです。そのままアニメに作ると、観客は固唾(かたず)をのんで見ることでしょう。
 しかし、それは、何を意味するのでしょう。
 ダニエルは、語ります。

 王の王である王さま。天の神はあなたに国と権威と力と光栄とを賜い、(37節)
 また人の子ら、野の獣、空の鳥がどこに住んでいても、これをことごとく治めるようにあなたの手に与えられました。あなたはあの金の頭です。(38節)

 巨大な像の金の頭は、ネブカデレザル王のことであると、ダニエルは王に告げました。もとより、これは、ダニエル個人の解釈ではなく、イスラエルの神・主の啓示だったのです。また、ネブカデレザルがもっている広大な国、その国における権威と力と光栄は、天の神から与えられているとも告げました。

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 しかし、意味があるのは、その国は石によって「粉々に砕け散る」ことです。その後に、当然、新しい国が興ります。

 あなたの後に、あなたより劣るもう一つの国が起こります。次に青銅の第三の国が起こって、全土を治めるようになります(39節)。

 次におこる国は当然、銀で現わされている胸と両腕です。
これは歴史に照らせば、バビロンの次の帝国、アケネメス朝ペルシャです。その後に起こるのは、ペルシャを滅ぼして、怒涛のごとく世界を席巻するアレキサンダー大王の国ギリシャです。
 
 第四の国は鉄のように強い国です。鉄はすべてのものを打ち砕いて粉々にするからです。その国は鉄が打ち砕くように、先の国々を粉々に打ち砕いてしまいます。(40節)

 それでは、この第四の国は、どこを指しているのでしょう。明日考察したいと思います。







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2017年06月03日

ダニエル書7 ダニエルの預言とネブカデネザル(ダニエル書2章41節〜49節)



 あなたがご覧になった足と足の指は、その一部が陶器師の粘土、一部が鉄でしたが、それは分裂した国のことです。その国には鉄の強さがあるでしょうが、あなたがご覧になったように、その鉄はどろどろの粘土と混じり合っているのです。(ダニエル書2章41節)

 ギリシャの次に来る国はローマ帝国です。キリストが誕生したのは、ローマ帝国の植民地になっていたユダヤのベツレヘムでした。
 ローマ帝国は、イタリヤ半島の都市国家連合から発展して、しだいに周辺の国々を支配し、地中海一帯、西はスペイン、北は、今のドイツやイギリス、東はスラブ地方までを支配する一大帝国になったのです。

 その足の指が一部は鉄、一部は粘土であったように、その国は一部は強く、一部はもろいでしょう。(42節)
 鉄とどろどろの粘土が混じり合っているのをあなたがご覧になったように、それらは人間の種によって、互いに混じり合うでしょう。しかし鉄が粘土と混じり合わないように、それらが互いに団結することはありません。(43節)

 ダニエルのこの預言は、多くの託宣や預言と同じで、固有名詞は出て来ません。だからと言って、真実を読み解いていなかったとは言えないのです。実際、ペルシャやギリシャと同じように、ダニエルに「ローマ帝国」という名前は示されなかったのでしょう。
 預言の要点は、バビロンの先に、大きな国が興亡するということです。
 そのような預言は、本来バビロンの王にとって都合の悪い出来事であるはずです。しかし、それを率直に伝えたのは、ダニエルが、神から真の啓示を受けていたからです。神がお示しになったことなら、たとえ、身に危険が及んでも告げ知らせる――それが本物の預言者のすがたです。偽の占い師や呪術師と異なるところです。

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 この王たちの時代に、天の神は一つの国を起こされます。その国は永遠に滅ぼされることがなく、その国は他の民に渡されず、かえってこれらの国々をことごとく打ち砕いて、絶滅してしまいます。しかし、この国は永遠に立ち続けます。(44節)

 第4の国ももろいものでした。鉄と土が混じりあわないまま足を形づくっているのです。ネブカデレザルは、なんといっても、帝国の支配者ですから、どのような国が未来に起ろうとも、先行きが不安定であることには心を痛めたでしょう。
 ところが、この時代に、天の神が「永遠に立ち続ける国」を興されるというのです。

 あなたがご覧になったとおり、一つの石が人手によらずに山から切り出され、その石が鉄と青銅と粘土と銀と金を打ち砕いたのは、大いなる神が、これから後に起こることを王に知らされたのです。その夢は正夢で、その解き明かしも確かです。」(45節)

 王の夢の意味は、石が、青銅と粘土と銀と金の像を打ちこわしたのは、神がネブカデレザルに歴史の未来を知らせたのだというのです。
 これは、大変な出来事です。ネブカデレザルは歴史の未来を知る強い立場にあることを意味しています。

 それで、ネブカデネザル王はひれ伏してダニエルに礼をし、彼に、穀物のささげ物となだめのかおりとをささげるように命じた。(46節)
 王はダニエルに答えて言った。「あなたがこの秘密をあらわすことができたからには、まことにあなたの神は、神々の神、王たちの主、また秘密をあらわす方だ。」(47節)

 ネブカデネザルは、イスラエルの神――ダニエルたちの神が、神々の神、王たちの王、秘密を表わす方、と賛美しています。
 必然的に、イスラエルの「神の預言者」ダニエルは、高い地位につくことになったのです。

 そこで王は、ダニエルを高い位につけ、彼に多くのすばらしい贈り物を与えて、彼にバビロン全州を治めさせ、また、バビロンのすべての知者たちをつかさどる長官とした。{48節}
 王は、ダニエルの願いによって、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴに、バビロン州の事務をつかさどらせた。しかしダニエルは王の宮廷にとどまった。(49節)




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2017年06月05日

ダニエル書8 ネブカデネザルが立てた金の像(ダニエル書3章1節〜15節)



 ネブカデネザル王は金の像を造った。その高さは六十キュビト、その幅は六キュビトであった。彼はこれをバビロン州のドラの平野に立てた。(ダニエル書3章1節)
 そして、ネブカデネザル王は人を遣わして、太守、長官、総督、参議官、財務官、司法官、保安官、および諸州のすべての高官を召集し、ネブカデネザル王が立てた像の奉献式に出席させることにした。(2節)
 そこで太守、長官、総督、参議官、財務官、司法官、保安官、および諸州のすべての高官は、ネブカデネザル王が立てた像の奉献式に集まり、ネブカデネザルが立てた像の前に立った。(3節)

 これも映像にうってつけの場面です。歴史が題材の映画なら、似た場面は何度か見ているのではないでしょうか。今ならTVでも、このような個所は映像化され、広大な平野にそびえる金の像や、王や王に服従するすべての太守、長官、総督、参議官、財務官、司法官、保安官たちが列席して行なうものものしい「奉献式」を再現化することでしょう。
 ものものしく、列席者はきらびやかな礼服に身を包み、ファンファーレが鳴り、華やかで張りつめた祝賀の雰囲気がいやがおうにも盛り上がる中、伝令官はアナウンスをします。

 伝令官は大声で叫んだ。「諸民、諸国、諸国語の者たちよ。あなたがたにこう命じられている。(4節)
 あなたがたが角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞くときは、ひれ伏して、ネブカデネザル王が立てた金の像を拝め。(5節)
 ひれ伏して拝まない者はだれでも、ただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる。」(6節)

 さらに想像を加えさせてもらえるなら、豪華な合奏音楽が場を圧倒し、それとともに、そこに、臨席しているすべての人が、うやうやしく頭を下げるのです。巨大な金の像を拝むのです。

 それで、民がみな、角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、および、もろもろの楽器の音を聞いたとき、諸民、諸国、諸国語の者たちは、ひれ伏して、ネブカデネザル王が立てた金の像を拝んだ。(7節)

 ネブカデネザルが、どれほど得意な気分だったか想像がつきます。高さ60キュビトはは27メートルほどにもなります。恐らく、国力を傾けるほどの金を使い、技術の粋を極めたりっぱなものです。一応、バビロンの統合の象徴として、信仰されるべきものだったのです。それは、集まった多くの地域の神々を統合する大きな偶像でもあったのです。
 しかし、支配者ネブカデネザルの本心は、金の像は同時に、ネブカデレザルを仮託したものでした。それを拝ませることで、ネブカデレザルを拝ませたのです。

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 金の像を拝むことが、王を拝むことであったのは、この儀式に違反する者を見張っていて、王に違反者を注進した者がいることでもわかります。
 拝まないのは、ユダヤ人でした。

 こういうことがあったその時、あるカルデヤ人たちが進み出て、ユダヤ人たちを訴えた。(8節)
 彼らはネブカデネザル王に告げて言った。「王よ。永遠に生きられますように。(9節)
 王よ。あなたは、『角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞く者は、すべてひれ伏して金の像を拝め。(10節)
 ひれ伏して拝まない者はだれでも、火の燃える炉の中へ投げ込め。』と命令されました。(11節)
 ここに、あなたが任命してバビロン州の事務をつかさどらせたユダヤ人シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴがおります。王よ。この者たちはあなたを無視して、あなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝みもいたしません。」(12節)
 そこでネブカデネザルは怒りたけり、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを連れて来いと命じた。それでこの人たちは王の前に連れて来られた。(13節)

 訴えられたのは、ダニエルの三人の同胞シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴでした。三人はさっそく王の前に引き出されました。ネブカデネザルは尋問をします。

 ネブカデネザルは彼らに言った。「シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴ。あなたがたは私の神々に仕えず、また私が立てた金の像を拝みもしないというが、ほんとうか。(14節)
 もしあなたがたが、角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞くときに、ひれ伏して、私が造った像を拝むなら、それでよし。しかし、もし拝まないなら、あなたがたはただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる。どの神が、私の手からあなたがたを救い出せよう。」(15節)

 拝まないことへの罰が告げられます。「火の燃える炉の中に投げ込まれる」というのです。恐ろしい死刑です。燃える炉は地獄の業火を思わせます。それも、生きたまま投げ込まれるというのです。







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2017年06月06日

ダニエル書9 偶像礼拝拒否とネブカデネザルの激怒(ダニエル書3章16節〜23節)



 ダニエルの三人の友人たちが、ネブカデレザルの王が立てた金の像を拝むのを拒絶したのです。彼らはユダ王国の貴族の子弟でした。けれども、バビロンへ捕囚として連れて来られ、いわば捕らわれの身でした。教養があったので用いられていましたが、彼らの命を握っているのはバビロンの王であることには変わりありません。彼らがネブカデネザルの命令に背くなど、「ありえない」ことでした。だれかが彼らの態度を、王に注進をしたのは当然です。
 しかも、王の前に呼び出された彼らは、拝まない理由を申し開きする代わりに答えたのです。

 シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴはネブカデネザル王に言った。「私たちはこのことについて、あなたにお答えする必要はありません。(ダニエル3章16節)

 この聖書箇所は、キリスト者にとって「模範的な信仰態度」として、しばしば取り上げられています。とりわけ日本のように、偶像が多く、だれもがしばしば簡単に人や物を拝む文化の下で、キリスト者は迷う場面が多いからです。神社やお寺、また占いのシンボルなどに対して、多くのクリスチャンたちは立ち入ることも拝むこともしません。八百万の神々どれほど束ねても、天地万物を創造され人を創造された唯一の神とは、比べるべくもないことは、信仰をもつとわかってくるからです。私たちも宇宙も、神が創造されたものであるのに、偶像は、逆に私たち人間が産みだしたものです。私たちが頼みにしている聖書の神――天のお父様は、私たちを存在させて下さっているかたです。いっぽう、偶像の神は、人がいなければ、存在しえないものです。人の手で彫り出され、鋳造され、安置され、また、運ばれなければ、自分では動くこともできない「神」です。
どちらが本物かは、論争以前の問題です。
 しかし、世俗の社会では、この偶像を祀っている者から、礼拝を強制されることは起りうるのです。

 とりわけそれが、社会的上下の関係や拭いがたい社会習慣となっている場面で、多くのキリスト者を戸惑わせるのです。いかなる場合も「してはならない」というのは簡単ですが、まさに「生活が懸かっている」ような社会的関係で「毅然とした拒絶」は難しいので、ダニエル書のこの場面が推奨されるのです。

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 ダニエルの三人の友人たちは、王の問いに対して、神妙に釈明したのではありません。「答える必要はない」というのです。その理由はがまた、すごいのです。
 もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。(17節)
 しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」(18節)

 私ももちろん。シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの態度に感動します。しかし、王が激怒したのは、しぜんかなと思うのです。
 その結果、彼らは燃える炉に投げ込まれます。

 すると、ネブカデネザルは怒りに満ち、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴに対する顔つきが変わった。彼は炉を普通より七倍熱くせよと命じた。(19節)
 また彼の軍隊の中の力強い者たちに、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを縛って、火の燃える炉に投げ込めと命じた。(20節)
 そこで、この人たちは、上着や下着やかぶり物の衣服を着たまま縛られて、火の燃える炉の中に投げ込まれた。(21節)
 王の命令がきびしく、炉がはなはだ熱かったので、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを連れて来た者たちは、その火炎に焼き殺された。(22節)
 シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの三人は、縛られたままで、火の燃える炉の中に落ち込んだ。(23節)







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