2017年08月06日

ホセア書11 だから、民も祭司も同じようになる。わたしはその行いに報い、そのわざの仕返しをする。((ホセア書4章7節〜14節)



  彼らはふえるにしたがって、
  ますますわたしに罪を犯した。
  わたしは彼らの栄光を恥に変える。(ホセア書4章7節)
  彼らはわたしの民を食いものにし、
  彼らの咎に望みをかけている。(8節)

 彼らとは、祭司や預言者、彼らに率いられるイスラエルの民全体をも含んでいるような表現です。民には、長老や王も含まれますから、広く考えられると思います。
 いずれにしても、神様は、彼らが「栄光」としている行ないを「恥」に変えると言われるのです。なぜなら、祭司や預言者、長老や王のような指導者層が、ほんとうに心から神と結び合されようとするのではなく、間違いを犯す民の存在が、彼らの「望み」なってしまっているからです。

 これは、手の込んだ逆説的な表現です。イエス様が祭司や律法学者、パリサイ人と言った最高の宗教指導者たちを手厳しく非難されたのを思い起こさせます。なぜなら、自分が模範的な宗教指導者だと思っている者たちが、律法をふりかざして間違いやすい弱い人々を断罪していたからです。
 ホセアの時代も、そのようであったのでしょう。偶像礼拝するイスラエル人に対して、祭司や預言者は、警告はできるが、彼らの罪を指摘することで自らの栄光にしていたのかもしれません。
 これは、今日でも、宗教指導者や教師と呼ばれる人の犯しやすい間違いではないでしょうか。律法を握っていてそれを武器のように振りかざす、そのような目的のために,神は、祭司や預言者や王を選別され召命されたのではないはずです。

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  だから、民も祭司も同じようになる。
  わたしはその行いに報い、
  そのわざの仕返しをする。(9節)
  彼らは食べても、満たされず、
  姦淫しても、ふえることはない。
  彼らは主を捨てて、姦淫を続けるからだ。(10節)

 たとえば、今日、日本でキリスト教に対する認知度が低いこと、クリスチャンがあまりにも少ないことを嘆く「説教」を、牧師や伝道者から聞くことがあります。「この日本は、『あなたを知らない』国であります」などと嘆くのです。「だから、国中に罪があふれ、問題が山積し、人々は不幸だ」と言わぬばかりの論理が展開されます。これは、たしかに事実かも知れませんが、非常に、注意をしなければならないことばです。
 法を握っている側、知識を持っている側が、持っていない相手を一方的にさばくのです。その瞬間、自分を安全な場所に置くような態度に注意することなく、このような言葉が放たれるのは危険です。
 イエス様は、「さばくな」と仰せなのです。さばく者がまず、自分の罪を自覚することがなければ、すでに神に対して不敬虔で不従順だと、ホセアは神のことばを受けて預言しています。

  ぶどう酒と新しいぶどう酒は思慮を失わせる。(11節)
  わたしの民は木に伺いを立て、
  その枝は彼らに事を告げる。
  これは、姦淫の霊が彼らを惑わし、
  彼らが自分たちの神を見捨てて
  姦淫をしたからだ。(12節)

 民が、自分たちの神を見捨てて姦淫をしているなら、それを咎められるべきは、だれよりも祭司であり、預言者であり、王や長老などの指導者です。
 姦淫の霊を断ち切るなら、だれよりも身を正さなければいけないのは、これらの人たちです。しかし、事実は、だれもかれもが、罪を犯していたのでしょう。

  彼らは山々の頂でいけにえをささげ、
  丘の上、また、
  樫の木、ポプラ、テレピンの木の下で香をたく。
  その木陰がここちよいからだ。
  それゆえ、あなたがたの娘は姦淫をし、
  あなたがたの嫁は姦通をする(13節)
  わたしは、あなたがたの娘が姦淫をしても
  罰しない。
  また、あなたがたの嫁が姦通をしても罰しない。
  それは男達が遊女とともに離れ去り、
  神殿娼婦とともに
  いけにえをささげているからだ。
  悟りのない民は踏みつけられる。(14節)

 女たちが姦通するのは、男たちが堕落しているから。だから、神様は女達を罰しないと仰せなのです。








posted by さとうまさこ at 09:18| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする