2017年08月08日

ホセア書13 なぜ、北王国は堕落したのか。(ホセア書4章15節〜19節)



  イスラエルよ。あなたは姦淫をしても、
  ユダに罪を犯させてはならない。
  ギルガルに行ってはならない。
  ベテ・アベンに上ってはならない。
  「主は生きておられる」と言って
  誓ってはならない。(ホセア書4章15節)
  まことに、イスラエルは
  かたくなな雌牛のようにかたくなだ。
  しかし今、主は、
  彼らを広い所にいる子羊のように養う。(ホセア書4章16節)

 昨日見たように、ギルガルとベテ・アベンは、イスラエルの神と特別に意味深い関係にありました。ヨルダン川を渡って最初に、イスラエルの民はギルガルに宿営し、過ぎ越しを祝い、割礼をほどこして、自分たちの主への信仰を確認したのです。
 ベテルは、イスラエルが南北二つの王国に分裂したとき、ヤロブアム(1世)がエルサレム神殿への参拝の代わりに、金の小牛を設置してそこへ民をつなげようとした町です。そのような偽の神殿――偶像の前で、北王国の民は「主は生きておられる」と誓っていたのです。本来なら、その時点で、北イスラエル王国は滅亡させられても仕方がないほどの罪を犯していたのです。けれども、あわれみ深い神は、北王国をも養い続けられたのです。
 しかし、それゆえ、主は仰せなのです。
  ユダに罪を犯させてはならない。

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 問題は、罪を見過ごされている神の悲しみや怒りを、自己中心の子どもであるイスラエルの民は気がつかなかったことです。
 ベテルはエフライムにありました。ヤロブアム1世は、エフライム人で、金の小牛は、そのエフライムに置かれたのです。もともとは、ヨセフを先祖に持つ名門エフライム族ですが、それゆえ、神から召命を受けて北の10部族を与えられて王国を立てたヤロブアムですが、このとき、彼らは堕落したのです。

 以下の詩文は、そのエフライムの目をおおうばかりの転落ぶりを指摘しています。

  エフライムは偶像に、くみしている。
  そのなすにまかせよ。
  彼らは飲酒にふけり、淫行を重ね、
  彼らのみだらなふるまいで恥を愛した。(18節)
  風はその翼で彼らを吹き飛ばす。
  彼らは自分たちの祭壇のために恥を見る。(19節)








posted by さとうまさこ at 10:58| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする