2017年09月04日

ホセア書39 神の慟哭2(ホセア書13章10節〜14節)



  あなたを救うあなたの王は、
  すべての町々のうち、今どこにいるのか。
  あなたのさばきつかさたちは。
  あなたがかつて、
  「わたしに王と首長を与えよ」と言った者たちは、(ホセア書13章10節)
  わたしは怒ってあなたに王を与えたが、
  憤ってこれを奪い取る。
  エフライムの不義はしまい込まれ、
  その罪はたくわえられている。(12節)
  子を産む女のひどい痛みが彼を襲うが、
  彼は知恵のない子で、
  時が来ても、彼は母体から出てこない。(13節)

 神聖政治国家イスラエルの王制は、もともとは、民がサムエルに要求したものです。大預言者で、りっぱなさばきつかさだったサムエルは、民の要求を気に入りませんでした。神の国の内実が変質するのを懸念したのでしょう。しかし、彼の息子たちは不肖の子で、賄賂を取ってさばきを行ない、宮に仕える女たちと寝る始末で、祭司職の権威と信頼は失墜していたのです。サムエルもやむを得ず民の要求を神に取り次ぎました。
 すると、意外なことに、神様は「民の要求を聞き入れよ」と仰せになって、ベニヤミン族のサウルを選んでくださったのです。サウルは油注がれて、イスラエル王国初代の王になりました。

 しかし、人間を王に据えた王国が、うまく機能したのはソロモンまででした。神様はソロモンの子レハブアムに対抗する者としてエフライム人ヤロブアムを選んで、あえてイスラエルを分割させました。その結果は、人間の王の限界を、ますます証明する者でした。

 崩壊に向かうエフライムは、苦しんでいるだけで、子を産み落とすことはできない妊婦のようです。子とは、神の期待にお答えする信仰でしょう。けれども、もはや、北王国には、自力でイスラエルの神への信仰を産み落とすことはできないのです。

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  わたしはよみの力から、彼らを解き放ち、
  彼らを死から贖おう。


 神は、ここでも、憤怒に震えながら、同時に「赦し」を約束されています。死ぬ運命であるエフライムを「贖おう」と宣言しているのです。これも、イエス様の救いが預言されている個所ではないでしょうか。

  死よ。おまえのとげはどこにあるのか。
  よみよ。おまえの針はどこにあるのか。
  あわれみは私の目から隠されている。(14節)

 この言葉は、パウロがTコリント15章55節で引用しています。
 聖書の神は、私たちを死から甦らせて下さる力をおもちです。その全能者に従おうとしないエフライムの人々に神は、語り掛けておられるのです。ここにも、神の「慟哭」が聞こえてこないでしょうか。








posted by さとうまさこ at 11:06| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする