2017年09月10日

ヨエル書2 預言者ヨエルの時代と、いなごの災害(ヨエル書1章5節〜14節)



  酔っぱらいよ。目を覚まして、泣け。
  すべてぶどう酒を飲む者よ。泣きわめけ。
  甘いぶどう酒が
  あなたがたの口から断たれたからだ。(ヨエル書1章5節)
  一つの国民がわたしの国に攻め上った。
  力強く、数えきれない国民だ。
  その歯は雄獅子の歯。
  それには雄獅子のきばがある。(6節)
  それはわたしのぶどうの木を荒れすたらせ、
  わたしのいちじくの木を引き裂き、
  これをまる裸に引き剥いて投げ倒し、
  その枝々を白くした。(7節)

 いなごの災害とは、アッシリヤの侵入だったようです。時を同じくして、災難が重なったのかもしれません。まさに、「泣き面に蜂」です。
 預言者ヨエルは、災難を容赦なく描写して、民を啓発しています。

  若い時の夫のために、
  荒布をまとったおとめのように、泣き悲しめ。(8節)
  穀物のささげ物と注ぎのぶどう酒は
  主の宮から断たれ、
  主に仕える祭司たちは喪に服する。(9節)

 おとめが若い夫のために嘆くのは、若者が大ぜい兵士になり、倒れて行くことを意味しているのでしょう。祈りたくても、主の宮でささげるものも、なくなっているのです。

  畑は荒らされ、地も喪に服する。
  これは穀物が荒らされ、
  新しいぶどう酒も干上がり、
  油もかれてしまうからだ。(10節)
  農夫たちよ。恥を見よ。
  ぶどう作りたちよ。泣きわめけ。
  小麦と大麦のために。
  畑の借り入れがなくなったからだ。(11節)

 農夫にとって、彼の存在価値は、実りによって証しされます。収穫があって初めて、「手のわざが祝福された」ことになるのです。ところが、小麦と大麦は、いなごに食い荒らされ、刈入れの種もみを返すことさえできません。
 いなごは、麦だけでなく、あらゆる植物を食べつくす生き物です。ですから、以下のような光景に、なってしまいます。

  ぶどうの木は枯れ、いちじくの木はしおれ、
  ざくろ、なつめやし、りんご、
  あらゆる野の木々は枯れた。
  人の子から喜びが消え失せた。(12節)

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 このような国難にあたって、祭司たちの責任は重大です。イスラエルは、神聖政治の国だったのです。祭司は、神に対して責任があり、民に対しても責任があります。彼こそ、祭壇の前で泣きわめいて悔い改め、神のあわれみを乞う必要があったのです。

  祭司たちよ。荒布をまとっていたみ悲しめ。
  祭壇に仕える者たちよ。泣きわめけ。
  神に仕える者たちよ。宮に行き、
  荒布をまとって夜を過ごせ。
  穀物のささげ物も注ぎのぶどう酒も
  あなたがたの神の宮から退けられたからだ。(13節)
  断食の布告をし、きよめの集会のふれを出せ。
  長老たちとこの国に住むすべての者を、
  あなたがたの神、主の宮に集め、
  主に向かって叫べ。(14節)









posted by さとうまさこ at 08:35| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする