2011年11月20日

Coffee Breakヨシュア記・士師記84 デボラ(士師記4章1節〜14節)




 聖書では、女性の活躍は、さほど目覚ましいものではありません。聖書が与えられた時代が、いわゆる「男社会」だったのだから当然です。女性は、おおむね誰かの母、娘、妻、愛人であって、独立した生計を営むのは難しかったのです。もちろん、神様は女性のことも「心にかけて」下さり、「対面」「対話」をし、信仰にお導びきになったのです。創世記から新約聖書まで、私たちはたくさんの神とともに生きた女性、わずかですが、政治的な働きをした女性、女預言者・・・ミリアム(出エジプト記15章20節)、フルダ(U列王記22章14節)、アンナ(ルカの福音書2章36節)・・・を見るのです。
 デボラは女預言者として記されています。ダビドデと言う人の妻でしたが、エフライムの山地のなつめやしの木の下に座って、イスラエルをさばいていました。

 その後、イスラエル人はまた、主の目の前に悪を行った。エフデは死んでいた。(士師記4章1節)
 それで、主はハツォルで治めていたカナンの王ヤビンの手に彼らを売り渡した。ヤビンの将軍はシセラで、彼はハロシュテ・ハゴイムに住んでいた。(2節)
 彼は鉄の戦車九百両を持ち、そのうえ二十年の間、イスラエル人をひどく圧迫したので、イスラエル人は主に叫び求めた。(3節)


 ハツォルは、イスラエル北方、ナフタリの領土の中にありました。ヤビンはハツォルの北十キロほどのところにあります。ナフタリはもちろんのこと、イスラエルの民はハツォルに収奪されていたのでしょう。訴えを聞いたデボラは、ナフタリ族のアビノアムの子バラクを呼び、戦うように命じます。軍勢はナフタリ族とゼブルン族から一万人を集めなさいというのです。

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 イスラエル全体には、ヨシュアの死後、強力なリーダーはいませんでした。平時のもめごとは、各部族のかしらがさばいていたのでしょう。しかし、外敵に攻められるような苦境には、強いリーダーが必要です。
 デボラには、非常時に指図できるだけのカリスマ性があったものと思われます。預言者として神がお語りになっているのが、ほかの者にもわかったのでしょう。
 バラクは、デボラの召集に応えてやってきましたが、「もしあなたが私といっしょに行ってくださるなら、行きましょう。しかし、もし、あなたが私といっしょに行ってくださらないなら、行きません。」(8節)と、言っています。軍一万人を動かす男にしては、弱気な感じがします。それほど、デボラが預言者として名声があったとも考えられますが、預言者が神の言葉を告げているのに、それに信頼せずデボラに頼ったバラクは、信仰の弱い人間と見なされました。

 デボラは言います。
 「私は必ずあなたといっしょに行きます。けれども、あなたが行こうとしている道では、あなたは光栄を得ることはできません。主はシセラを一人の女の手に売り渡されるからです。」(9節)

 戦さに功名はつきものですが、デボラは、主のことばを信頼しないバラクに、勝ち戦の栄誉は与えられないだろうと宣告しているのです。
 ともあれ、デボラとともにタボル山に結集したイスラエル人の軍勢は、シセラとその戦車軍とをかき乱したので、シセラは戦車を降りて徒歩で逃亡します。味方の陣地の中に逃げ込んだシセラを待ち受けていたのは、裏切りでした。

 ここには、ヨシュア記のカナン攻めとは対照的な、人間臭い戦闘のもようが描かれています。歴史小説の一篇のような物語は、読む者のイメージを広げて面白いのですが、同時に、イスラエルに、かつてのような信仰が失われているのがわかるのです。




posted by さとうまさこ at 07:57| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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