2011年12月21日

Coffee Breakヨシュア記・士師記114 エリザベツの出産、マリヤの出産(ルカの福音書、1章5節〜2章7節)




 御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。(ルカの福音書1章26節)
 この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤと言った。(27節)
 御使いは、入って来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられますように。」(28節)
 しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったいなんのあいさつかと考え込んだ。(29節)
 すると、御使いが言った。こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。」(30節)
 御覧なさい。あなたは身ごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。(31節)
 その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。(32節)
 そこで、マリヤは御使いに言った。「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」(33節)


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 Coffee Breakヨシュア記・士師記は、今週、奇しくもサムソンの誕生(士師記12章)にさしかかってしまいました。
 次の日曜日は、クリスマスです。不思議な誕生物語といえば、冒頭に掲げた聖書箇所、イエス・キリストの誕生ほど不可解なものはないでしょう。
 昨日見たように、神の救いのご計画のために、神の采配によって生まれたと聖書に記されている人たち・イサク、サムソン、バプテスマのヨハネ、サムエルなどの誕生が、救い主イエス様ご降誕の伏線になっていると言えるのかどうか、私には確信がありません。というのは、彼らの誕生とイエス様の誕生との間には、根本的な違いがあるからです。
  
 同じように不思議な妊娠であっても、イエス様を身ごもることは、マリヤにとって喜びだったでしょうか。待ち望んでいた夢が実現することではなかったのです。ヨセフと婚約した時、マリヤも、いつか子供をもつことを夢見ていたでしょう。けれども、まだ、ヨセフと床を共にしたこともないのに身ごもるのは、ありえないことでした。
 それは、当時としては、社会的制裁を伴うスキャンダルでした。社会的制裁は、最悪「石打ち」(死刑)でした。日本でも、わずか五十年ほど前には、結婚前に子供ができるのは、たとえ、婚約者あいてであっても「ふしだら」なことでした。(もちろん、足入れ婚のような社会的風習や制度の下での妊娠は、またべつです。)
 マリヤが御使いガブリエルに、「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに」と言うときの戸惑いは、どれほどだったでしょう。

 
 御使いは答えて言った。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたを覆います。それゆえ、生まれる者は、聖なるもの、神の子と呼ばれます。(35節)
 ご覧なさい。あなたの親類のエリザベツも、あの年になって男の子を宿しています。不妊の女といわれていた人なのに、今はもう六カ月です。(36節)
 神にとって不可能なことは一つもありません。(37節)
 マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。(38節)


 戸惑ったけれどもマリヤは、「受胎告知」を受け入れたのです。彼女の信仰がそうさせた決定的瞬間を、名画などでご覧になった方も多いでしょう。

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 クリスマスは、世界で最も有名な日ですから、教会にも未信者の方々もたくさんおいでになります。そこで、牧師は、イエス様誕生にまつわるルカの福音書、またはマタイの福音書を引用して説教をされます。
 でも、いきなり聖霊による「処女懐胎」を説明されても、じつは、マリヤ以上に戸惑う人が多いのではないでしょうか。不思議な誕生物語なら、私たちはたくさん知っています。竹から生まれたかぐや姫、桃から生まれた桃太郎。チューリップの花から生まれた親指姫。それで、うっかりすると、イエス・キリストの誕生も、美しい、あるいはちょっと不思議だけれど温かい、喜びの「話し」だと飲み込んでしまうのです。

 
 処女懐胎を告げられたマリヤは、先立つ六か月前に主のみ告げで妊娠していた「不妊の女」エリザベツを訪問し、そこで三か月ほど滞在したのです。(1章56節)
 

 さて月が満ちて、エリザベツは男の子を産んだ。(57節)
 近所の人々や親族は、主がエリザベツに大きなあわれみをおかけになったと聞いて、彼女とともに喜んだ。(58節)


 エリザベツの出産とマリヤのそれとは、ある意味対照的でした。エリザベツのところを辞した後、マリヤとヨセフがどのように暮らしていたのかは詳しく書かれていません。親族に囲まれて祝われながら臨むような、落ち着いた出産ではありませんでした。

 
 その頃、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。(2章1節)
 それで、人々はみな、登録のために、それぞれ自分の町に向かっていった。(3節)


 当時のユダヤは、ローマ帝国の植民地でした。ローマ皇帝の命令はぜったいでした。
 マリヤが月満ちる頃、ヨセフとマリヤは、ガリラヤの町ナザレから故郷ベツレヘムの町へ、住民登録のために旅に出なければなりませんでした。二人ともダビデの家系だったからです。
 往来する人が増えた街道でマリヤは産気づきました。しかし、宿屋はどこも満員でした。有名な馬小屋での出産は、このような中で、「やむをえず」起こるのです。







posted by さとうまさこ at 09:29| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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