2012年01月27日

Coffee Breakヨシュア記・士師記・ルツ記151、ルツについて(ルツ記1章1節〜18節)




 士師記の次は、ルツ記です。ルツ記は、わずか4章しかない短い書物にもかかわらず、聖書六十六巻のなかで、大きな光を放っています。

 イスラエル人にとって、ルツは栄光のユダ王国を建てたダビデ王(※)の曾祖母となった女性です。クリスチャンにとっては、そのダビデの家系にイエス様が降誕されたという事実から、ルツを何にも代えがたいエポックメイカーと評価するようです。
 聖書は、「神の人類救済のご計画」を示した書物であり、救い主についてあかしする書物です。救い主がこられるその重要な結節点を記録しているのは当然のことです。私たちが、その結節点を意識するのも大切なことだと思います。

 ルツ記については、私はすでに「聖書物語ルツ」として、ブログ上に公開しています。それで、ここでは、私にとってルツがどういう女性だったか、私見を述べたいと思います。


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 ルツは、とても貧しい――飢饉のため外国に出たイスラエル人エリメレクのやもめ(未亡人)ナオミの長男マフロンの嫁でした。しかし、マフロンが死んで、彼女もまた、弟嫁オルパとともにやもめになってしまうのです。
 男が家を支えた時代、一人の男もいなくなってしまった家族と言うのは、とくに当時の社会では、究極の貧しさのなかにいたのと同じです。

 ルツがどうして、難民同然の家族の嫁になったのか、いきさつは書かれていませんが、満足な花嫁料も払えない男と結婚するルツもオルバも、貧しい家庭の出身だったのでしょう。
 ルツが姑ナオミに従ってベツレヘムに来るのを、大変な美談だと評価しているのを読むことがあります。 結果的には、そうであったと思います。けれども、私は、それがルツの自発的な選択であったと言い切ることはできませんでした。ルツにはいくつもの選択肢があった――温かい実家に帰ることもできたし、すでに、再婚の可能性もあった。それらオプションのなかで、ナオミについて行ったのだと仮定すると、とたんに、「人間の物語」になってしまう。つまり、ナオミがとても良い女性で、実の親や実家のだれよりもナオミといっしょに行くことを選ばせるだけの人格者だった・・・?ら、彼女たちがナオミについて行くのは、当たり前の出来事なのです。

 じっさい、ナオミのことも、かなり持ち上げている文章に出会います。

 ナオミが嫁たちに慕われていた証拠として、ふたりの嫁が、何とか姑についてベツレヘムに行こうとする箇所が挙げられます。(ルツ記1章10節)
 姑にすがりついて「連れて行ってください」と願うルツの激しさも、ナオミと嫁たちの愛の深さの証拠とされています。

 彼女たち三人は、すでに家族としての強い絆で結ばれていたようです。現在の私たちが考える家族と、当時の家族とはその結びつきの強さが違っていたでしょう。貧しいから、(選択の余地もなく)寄り添って暮らすようなモラルは、今日の先進国では、理解できないかもしれません。
 とりわけ、嫁たちにとっては、ナオミは母でした。しぶしぶでもモアブに戻って行ったオルパに対して、どうしてもついて行きたいと願ったルツには、「戻る」という選択の余地がなかったのではないかと、考えたいのです。

 究極の貧しさの中で、まさに、神・主が働かれたのではないでしょうか。

 全編を通じて、読者は、ルツが口の重い、素朴な田舎娘。従順で働き者だと推測できます。しかし、彼女の外見や内面描写はありません。

 そのルツがただ一度、必死の弁舌をふるっています。

 ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。(ルツ記一章16節)
 あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし、死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰して下さるように。」(17節)


 異邦人の嫁を連れ帰るのを恥じていたかもしれないナオミに対する、ルツの宣言です。とても、モアブの田舎娘のことばとは思えません。
 もちろん、クリスチャンなら、「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。」に感動します。ユニバーサルな神となられる、イスラエルの神の本質を言い当てています。
 しかし、キリスト教信仰を持っていない人でも、このような絆に生きているルツに感動しないでしょうか。

 家族は、もともと利害で結びついているのではなく、絆で結ばれているのです。「出来の悪い子ども」でも、「親とも呼べない父親でも」、本来、絆は切ることができないのです。

 ナオミは、ルツが自分といっしょに行こうと堅く決心しているのを見ると、もうそれ以上は何も言わなかった。(18節)



※イスラエル王国の最初の王はサウルですが、エルサレムを都と定め、国を統一したのはダビデという意味です。



posted by さとうまさこ at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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