2012年02月06日

Coffee Breakヨシュア記・士師記・ルツ記161 「聖書物語・ルツ」を書いた時




 聖書物語ルツを書いたのは二年ほど前です。ブログには2010年8月に掲載しました。
 聖書の中からエピソードをピックアップして小説にすることが、「正しいかどうか」迷いはありました。聖書は、何かのジャンルにくくれるような書物ではありませんし、事実、一応ジャンル別に分けられている書物・律法の書(モーセ五書)、歴史書、知恵文学、預言の書、福音書、手紙類にしても、今、私たちがそれらを単独で考えるジャンルとは異なっています。聖書は神が人に啓示と霊感を与えて書かせられたものであり、聖書全体が神からのメッセージだと言われています。だとすれば、どんなに小さなエピソードであっても、それだけを切り離して解釈できるものではないはずです。

 小説にするのは、自分なりの解釈をほどこすことでもあるのです。また、デテールを書かなければならないので、登場人物の属性(生い立ち、家族関係、社会関係、本人の容貌、知的レベル、役職、人柄)などを考慮しなければならないのです。もちろん、すべてを書かなければならないのではありませんが、小説として、登場人物が生きはじめるためには、最低限の必要な描写、それから、書かれない多くの情報を自分の中に揃えなければなりません。

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 ある牧師先生が、説教の中で、「聖書は大変寡黙な書物です」と規定されていました。全く同感です。聖書はとても分厚くて、ものすごい膨大な世界が書かれていて、理解に四苦八苦するのに、でも、これ以下はないと言えるほど、わずかのことしか書かれていないと思うことがあります。
 天地創造の物語の簡潔さはどうでしょう。宇宙万物をお造りになったいきさつを、もっと詳しく知りたいと思う「天文学者」は多いでしょう。エデンの園についても、もっと詳しく知りたいと、「安楽志向」の私などは思うのです。

 アブラハムは、神様が人類救済のご計画の一歩として召し出された人物です。説教などで、繰り返し語られるので、聖書でも最も有名な人物の一人ですが、聖書が書いているのは、おもに神様とアブラハムの約束に関わることです。百七十五年もの長寿だったアブラハムの生涯ですが、神様とのかかわりの部分だけが記されているのです。妻の奴隷女ハガルとの間に子供をもうけたのは、神様のお約束を正しく待つことができなかったためであって、アブラハムが好色だったためではないのです。
 息子イサクの結婚をアレンジするのは、たんに父親としての義務感のためではなく、やはり、神様のお約束を心に留め、その神様の約束に応答しなければならないとの思いからだったでしょう。
 アブラハムはだんだん裕福になり、家畜や使用人も増えていくのですが、そうした大きな集団のトップに立つ者として、今でいう経営哲学やノウハウもあったかもしれません。けれども、聖書は、遊牧民のかしらとしての彼にほとんど言及していません。わずかに、甥ロトの使用人とアブラハムの使用人が、家畜に与える青草や水のことで、喧嘩になったことが記されています。彼は、そのとき、駆け引きなどせず、甥に別れを提案し、「良い地を先に選ばせる」のです。このような選択は、ふつうの「経営者」の参考になるでしょうか。どこかの催し物会場で、古着を並べるフリーマーケットに参加するのでさえ、ショップの位置を気にするでしょう。少しでも、人が足を止めてくれる良い場所を願うのです。
 人に良いほうを取らせるのは、「神への信頼」がなくては出来ないことで、だからこそ、私たちは、アブラハムの選択に衝撃を受けるのです。

 
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 ルツ記を例にとると、落ちぶれた未亡人が裕福な親戚の援助で、財産を取り戻し、嫁に跡継ぎの孫も生まれて、安定した豊かな老後を楽しめるようになった「めでたし」物語でないのは、明白です。
 主人公がルツなのに、物語がナオミの幸せを描いて終わるのも、異色です。
 ルツについて、私はたくさんのデテール(細部)を追加しました。それは、聖書を読んで自分が膨らませたものですが、別の解釈もありえたと思います。
 ルツを洗練された美貌の持ち主とするのも、機転のきく頭の良い嫁と考えることもできるでしょう。


 北海道在住のM先生が、聖書物語ルツについて、「ルツがボアズの三番目の妻だったという記述が聖書にありますか」と質問を寄せて下さいました。
 もちろん、そのような記述はないのです。ボアズが年輩の男性だと想像できること、当時の一夫多妻の社会を考えて初婚ではありえないと思ったので、私が「想像した」ことでしたから、そのようにお答えしました。

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 聖書を題材にした小説は、「読者を楽しませさえすればよい」のではないと、自戒しています。寡黙な文章の内側に幾重にも折りたたまれた神さまのメッセージをさぐるのは、じつに、「薄氷を踏む」体験です。
 同時に、大変楽しい祈りの時間です。

 このような豊かな書・聖書を与えて下さった神様に、毎日感謝しています。
 聖書を読む喜びを教えて下さった先生方、同じクリスチャンの兄弟姉妹、読者の方々にも感謝しています。
 


 
 明日から、Tサムエル記に入りたいと思います。
 どうぞ、懲りずにお訪ねください。


 さとうまさこ







posted by さとうまさこ at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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