2013年02月16日

Coffee Break歴史の書537 T列王記(120)アハズヤ(T列王記22章48節〜53節、U列王記2節)



 ヨシャバテはタルシュシュの船団を作り、金を得るためオフィルに行こうとしたが、行けなかった。船団がエツヨン・ゲベルで難破したからである。(T列王記22章48節)
 そのとき、アハブの子アハズヤはヨシャバテに、「私の家来をあなたの家来といっしょに船で行かせましょう」と言ったが、ヨシャバテは承知しなかった。(49節)


 交易のための船団は、すでにソロモンが作っています。ここに出てくるタルシュシュ、オフィル、エツヨン・ゲベルは、T列王記9章26節から28節、10章11節にその名が見えます。オフィルの地名については、良質の金が採れるので有名だったようです。しかし、その場所は、アラビヤ、インド方面。今日では東アフリカのソマリヤ説が有力だとのことです。(新実用聖書注解・いのちのことば社)
 アハブの死後、イスラエルの王はアハブの子アハズヤになっていました。彼は、交易という「おいしい話」に一枚加わろうとしたようですが、ヨシャバテは断っています。 アハブの戦死後、ユダに戻ったヨシャバテは、イスラエル(北王国)と一線を画したようです。


 アハブの子アハズヤは、ユダの王ヨシャバテの第17年にサマリヤでイスラエルの王となり、二年間、イスラエルの王であった。(51節)
 彼は主の目の前に悪を行ない、彼の父の道と彼の母の道、それに、イスラエルに罪を犯させたネバダの子ヤロブアムの道に歩んだ。(52節)
 すなわち、彼はバアルに仕え、それを拝み、彼の父が行ったとまったく同じように行って、イスラエルの神、主の怒りを引き起こした。(53節


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 私たちの歴史の読み方は、学校教育(受験勉強)にその原型をもちます。歴史と言えば、まず年表です。いろいろゴロ合わせをしたりして、仏教伝来や大化の改新や平安遷都などを、暗記したのを思い出します。最初に年表という枠があって、そこに出来事やその意味をはめ込むわけです。ですから、聖書の歴史に年代が明記されていないことが、とても不便なのです。聖書の物語が、「雲をつかむよう」に見える一因でしょう。今日では、その多くが年代を特定できる出来事も、当時の筆者たちにとっては、いまのような年代記述基準がないのですから、上のような書き方になるのです。それにしても、解りにくい気分になるのは事実です。

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 アハズヤの紹介でT列王記は終わり、物語は、U列王記に入って行きます。ふたたび、エリヤが登場します。

 さて、アハズヤはサマリヤにある彼の屋上の部屋の欄干から落ちて病気になった。彼は、使者たちを遣わし、「行って、エクロンの神、バアル・ゼブブに、私のこの病気が直るかどうか、伺いをたてなさい」と命じた。(U列王記1章2節)

 エクロンはペリシテ人の町です。地中海に面したダンの相続地にあります。かつて、神の箱がエクロンに運び込まれて、エクロンの人々を恐怖に陥れた記述があります。(Tサムエル記5章10節11節) エクロンの神は当然異教の神です。
 バアル・ゼブブは、バアルとは直接関係はないそうですが、「いやしの神」として有名だったのではないかと推測されています。(新実用聖書注解・同)

 このような異教の神に伺いを立てるのは、アハズヤがアハブと同じく偶像礼拝にまみれ、イスラエルの神を忘れていたからでしょう。
 しかし、イスラエルの神は、アハズヤの悪を見逃されませんでした。主の使いがティシュベ人エリヤに現れたのです。






posted by さとうまさこ at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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