2013年05月31日

Coffee Break歴史の書641 U列王記(222)ユダ王国の壊滅(U列王記24章8節〜25章30節)




 昨日、告白したように、U列王記の終わりを見るのは、私にとってかなりの坂道です。
 ですが、ユダ王国(南王国)の滅亡については、目を見開いて記憶しておく必要がありそうです。イスラエル王国(北王国)は、すでに滅亡しており(BC722年)、ユダ王国の滅亡で、ダビデが建てた王国は、瓦解してしまうからです。
 ダビデの末に、救い主をご降誕させられる神のご計画は、なかなか平坦な道ではありません。

 ユダ王国消滅のプロセスであるバビロン捕囚は、通常三回あったとされています。しかし、注解書、また研究者、教派や牧師によって、時期や回数の解釈が違うようです。そこで、私は最終的には、私が読み、調べた範囲で一番納得できた解釈で、記しておきたいと思います。

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 Coffee Break638で見たように、第一回バビロン捕囚は、U列王記24章8節〜17節に記されている出来事です。
 エホヤキムの子エホヤキンが即位してわずか3カ月で、バビロンの王ネブカデネザルがエルサレムに攻め上って来て包囲したのです。エホヤキンは降伏したのですが、その結果、王の母、家来たち、高官たち、宦官たち、つまり、王宮の中枢にいた者たちは捕虜になったのです。さらに、王宮や神殿の宝物倉の宝物は、ことごとく奪われました。つまり、すべての高官、すべての有力者一万人、それに職人や、鍛冶屋もみな、捕囚として捕え移した。貧しい民のほかは残されなかった。(14節)のです。

 王を連れ去った後、バビロンはエホヤキンのおじ(エホヤキムの兄弟)ゼデキヤを王として立てます。
 ゼデキヤは、いわばバビロンの傀儡政権だったはずですが、やがて、バビロン王に反逆します。ゼデキヤの治世九年目に、ネブカデネザルが大軍を率いてエフライムを攻めるのです。エルサレムは二年間持ちこたえたのですが、やがて飢饉がひどくなり、食物が亡くなるに及んで、町が破られてしまいます。(25章1節〜3節)

 ゼデキヤ王は、家臣や戦士とともにエルサレムを落ち、アラバの荒野に逃げ出しますが、追いつかれ、バビロンに連行されます。(4節〜7節) 
 ネブカデネザルは、侍従長ネブザルアダンをエルサレムに送り、主の宮と王宮とエルサレムのすべての家を焼き、そのおもだった建物をことごとく火で焼いた。(9節)
 侍従長といっしょにいたカルデヤの全軍勢は、エルサレムの回りの城壁を取りこわした。(10節)
 侍従長ネブザルアダンは、町に残されていた残りの民と、バビロンの王に降伏した者たちと、残りの群集を捕え移した。(11節)


 これが第二回目の捕囚です。

 このときのバビロンのエルサレム破壊は徹底しており、神殿の柱や海と呼ばれる洗盤、神殿の装飾品からすべての器具を奪ったのです。(12節〜17節) その上、まだ、残されていた祭司や王の側近も連れ去られました。(18節〜21節)
 ここに、ユダ王国は、壊滅したのです。

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 U列王記を読む限り、バビロン捕囚は二回です。U歴代誌は、エホヤキンの父エホヤキムの時代にネブカデネザルがエルサレムを攻め、エホヤキムをバビロンへ引いて行き、神殿の基部を持ち去ったことを記録していますが、ここには、民の捕囚は記されていません。ですからU歴代誌でも、捕囚は、エホヤキンの時代と、ゼデキヤの時代の二回です。

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 エレミヤ書には、三回目の捕囚が記録されていると書いているサイトがありましたので、ご紹介させていただきます。
聖書箇所は、エレミヤ書52章30節です。

 江礼宮夫「聖書の呼ぶ声」→旧約略解77週→第33回U列王記

 http://www.asahi-net.or.jp/~zm4m-ootk/hyosi.html








posted by さとうまさこ at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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