2014年12月10日

Coffee Break 知恵文学・ ヨブ記1 プロローグ



 ヨブ記は、もともと詩歌と言われるジャンルに括られていたようです。ヘブル語聖書では諸書と言われる分類になります。
 
 詩歌、または知恵文学は、ヨブ記、詩編、箴言、伝道者の書、雅歌、と続きます。そのヘブル語の原書は、詩形式で書かれているということです。
 こんにち、翻訳した聖書を読む私たちには、原詩の美しさなどは味わうべくもありません。ですから、その内容を意味する知恵文学の方が適切な名前に思えるのです。じっさい、その内容に盛られた「知恵」だけでも、驚くべき英知が盛られています。聖書通読などおぼつかないという人、聖書を神の救いの歴史として読むのが馴れない人でも、これらの書を喜んで読み、好きだという人は多い気がします。ある意味で、解りやすいからでしょう。
 
 これらの書物の中で、ヨブ記が一番古いと考えられています。詩編は、ダビデの歌を始め、神殿礼拝で使われた讃美歌がしだいに整えられていったものですから、時代はダビデ以降です。
 箴言は、ソロモンの箴言と名づけられているくらいですから、ソロモン以降でしょう。伝道者の書雅歌は、ソロモン作と言われています。
 それらに対し、ヨブ記は、なんと創世記と同じころに書かれたのではないかと推測されています。作者はモーセという説もあります。背景となっている社会が族長時代で、ヨブはアブラハム、イサク、ヤコブと同じころに生きていた人物だと考えるのです。(新実用聖書注解・いのちのことば社)

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 ウツの地にヨブという名の人がいた。この人は潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっていた。(ヨブ記1章1節)
 彼には七人の息子と三人の娘が生まれた。(2節)
 彼は羊七千頭、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭、それに非常に多くのしもべを持っていた。それでこの人は東の人々の中で一番の富豪であった。(3節)
 彼の息子たちは互いに行き来し、それぞれ自分の日に、その家で祝宴を開き、人をやって彼らの三人の姉妹も招き、彼らといっしょに飲み食いするのを常としていた。(4節)
 こうして祝宴の日が一巡すると、ヨブは彼らを呼び寄せ、聖別することにしていた。彼は翌朝早く、彼らひとりひとりのために、それぞれの全焼のいけにえをささげた。ヨブは、「私の息子たちが、あるいは罪を犯し、心の中で神をのろったかもしれない。」と思ったからである。ヨブはいつもこのようにしていた。(5節)


 これは、ヨブ記の書き出しです。ヨブがどういう人物か紹介されています。
 ヨブは大富豪でした。十人の子供にも恵まれていました。子供たちの仲が良いことから、家庭が円満だったのがわかります。
 なにより、ヨブは神を恐れる人でした。神を畏れ敬い、ことあるごとに犠牲をささげえ礼拝するような人でした。自分の子どもが集まりを開いたとき、自分の子どもだから間違いを犯さないと考えるのではなく、子供たちが何か、「神をのろったかもしれない」と危ぶむ人でした。つまり、自信たっぷりの思い上がった人ではなく、神の前に謙遜な人だったのです。

 神さまからご覧になったら、財産がたっぷりとあり、子供が大ぜいいるだけでは完全ではありません。神の前に真実であり、神を恐れる信仰生活をともなって、初めて、世俗的にもっている多くの幸いが輝くのです。

 その意味で、ヨブの紹介を読んだとき、だれもがヨブを「りっぱな」人と思うのです。






posted by さとうまさこ at 09:28| Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする