2016年01月05日

Coffee Break箴言13 なまけ者よ。蟻のところへ行き、そのやり方を見て、知恵を得よ。(箴言6章6節〜19節)



 つぎは、怠惰に対する警告です。
 悪い女に近づかず、人の借金の保証人になるというような「危ない」ことに近づかないとしても、肝心の自分の仕事を一所懸命やらなければ、話になりません。
 顔に汗を流して働くというのは、人間に課せられた運命、人間が選び取ったとも言える状態です。(創世記3章19節)
 父親は、これを蟻の勤勉になぞらえて諭しています。

 なまけ者よ。蟻のところへ行き、
 そのやり方を見て、知恵を得よ。(箴言6章6節)
 蟻には首領もつかさも支配者もいないが、(7節)
 夏のうちに食物を確保し、
 刈り入れ時に食糧を集める。(8節) 
 なまけ者よ。いつまで寝ているのか。
 いつ目をさまして起きるのか。(9節)
 しばらく眠り、しばらくまどろみ、
 しばらく手をこまねいて、また休む。(10節)
 だから、あなたの貧しさは浮浪者のように、
 あなたの乏しさは横着者のようにやって来る。(11節)

 蟻が勤勉なライフスタイルの例とされる話は、例えば「アリとキリギリス」などにもあります。じっさいには、蟻の社会はけっこう分業が進んでいて、何もしていないように見える蟻が10パーセントくらいいるそうです。でも、その10パーセントを取り除いて勤勉な蟻ばかりにしても、やっぱり10パーセントくらいの蟻は何もしなくなるそうです。そこで、彼らにも何か集団の中で必要があるのだろうと言われています。

 問題は、人間です。
 朝寝は、たしかにひと昔前まで怠け者のライフスタイルでした。農業や牧畜が主体の生産体制では、朝寝は致命的な悪い癖です。生き物や天候が相手の仕事では、自分の都合で休むことなどできません。ちょっと座ってお茶にしたくても、体の具合が悪くて熱があっても、頑張って仕事をしたものです。勤勉であって初めて成り立つ生活ですから、怠けていては、貧しくなるのは当然です。

 旧約聖書の時代にも、このような怠け者の子どもは親の頭痛の種だったのでしょうか。

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 なによりの問題は、「心がけ」です。
 たとえ仕事はそこそここなし堅実に生活を立てているように見える者であっても、心がねじまがっていては何もなりません。
 見た目は学歴もあり、立派な生活をしていたりするのに、陰口、陰謀が好きで、争いの火種を撒いて歩く人は、今でもいます。

 人と人を争わせて喜ぶ心は、サタンから来るのです。しかし、悪を計る人は、サタンに動かされているとも気が付いていません。

 よこしまな者や不法の者は、
 曲がったことを言って歩き回り、(12節)
 目くばせをし、足で合図し、指でさし、(13節)

 目配せ、足で合図、指差し、これらに快感を覚えていてやめられなくなっているのです。

 そのねじれた心は、いつも悪を計り、
 争いをまき散らす。(14節)
 それゆえ、災害は突然やって来て、
 彼はたちまち滅ぼされ、いやされることはない。(15節)

 サタンのそそのかし――悪を計る心を、主が忌み嫌われないはずがありません。

 主の憎むものが六つある。
 いや、主ご自身の忌みきらうものが七つある。(16節)
 高ぶる目、偽りの舌、
 罪のない者の血を流す手、(17節)
 邪悪な計画を細工する心、
 悪へ走るに速い足、(18節)
 まやかしを吹聴する偽りの証人、
 兄弟の間に争いをひき起こす者。(19節)

 他人事ではありません。これらの悪は、善良な人にもいつなんどき、入りこんでくるかわからないことです。ほんとうに自戒したい七つです。







posted by さとうまさこ at 09:17| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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