2016年09月05日

エレミヤ書85 ほんものの預言者・いのちがけの預言{エレミヤ書26章16節〜24節)



 神殿は、祭司や預言者のアイデンティティの拠って立つところでしたから、神殿が消滅すると聞いた祭司や預言者たちは、「エレミヤは死に値する罪を犯している」と反応してしまいます。
 そこで、公開裁判になりました。すると、じっさいの政治に携わっている「首長たち」や、日々終末的混乱の世の中を生きている民は、正反対の反応を示すのです。

 すると、首長たちとすべての民は、祭司や預言者たちに言った。「この人は死刑に当たらない。私たちの神、主の名によって、彼は私たちに語ったのだから。」(エレミヤ書26章16節)
 それで、その地の長老たちの幾人かが立って、民の全集団に語って言った。(17節)

 首長や民は、エレミヤが神の名によって語っている事実を認めたのです。
 たとえ耳が痛い預言でも、「神の名で語られた預言者のことばは聞き入れられた」と、預言者ミカの前例を持ち出します。
 
 「かつてモレシェテ人ミカも、ユダの王ヒゼキヤの時代に預言して、ユダのすべての民に語って言ったことがある。
  『万軍の主はこう仰せられる。
  シオンは畑のように耕され、
  エルサレムは廃墟となり、
  この宮の山は森の丘となる。』(18節)

 そのとき、ユダの王ヒゼキヤとユダのすべての人は彼を殺しただろうか。ヒゼキヤが主を恐れ、主に願ったので、主も彼らに語ったわざわいを思い直されたではないか。ところが、私たちは我が身に大きなわざわいを招こうとしている。」(19節)

 ミカは、エレミヤより100年ほど前にユダ王国で活躍した預言者です。ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代です。ここに例として上げられている預言はヒゼキヤ王の時のものです。ヒゼキヤ王がこの時、ミカの預言を聞き入れて悔い改めたのです。その結果、わざわいを回避した事例が上げられたのです。(新実用聖書注解・いのちのことば社)

 このように首長や民の側からの反証が通ったということは、この時代、かならずしも祭司や預言者の権威が万能ではなかったのかもしれません。祭司や預言者が堕落していたのは事実だったのでしょう。でなければ、神殿にアシェラやバアルの像や祭司用具がおかれたりするはずもないのです。刻々と迫る国の崩壊と、バビロンの軍靴に危機感を抱いていたのは、だれよりも実際に「生活している」民であったはずです。

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 それに、エレミヤはすべての預言者を敵に回しているのではありませんでした。

 ほかにも主の名によって預言している人がいた。すなわち、キルヤテ・エアリムの出のシェマヤの子ウリヤで、彼はこの町とこの国に対して、エレミヤのことばと全く同じような預言をしていた。(20節)
エホヤキム王と、そのすべての勇士や、首長たちは、彼のことばを聞いた。王は彼を殺そうとしたが、ウリヤはこれを聞いて恐れ、エジプトへ逃げて行った。(21節)

 このウリヤも命を危険にさらしたのです。王の怒りを買いました。ただ、彼はエレミヤのように、毅然と振る舞うことができませんでした。エジプトへ逃げたのです。

 そこでエホヤキム王は人々をエジプトにやった。すなわち、アクボルの子エルナタンに人々を同行させて、エジプトに送った。(22節)
 彼らはウリヤをエジプトから連れ出し、エホヤキム王のところに連れて来たので、王は彼を剣で打ち殺し、そのしかばねを共同墓地に捨てさせた。(23節)

 今日の政治的亡命なら、亡命先の国が保護してくれることもあります。しかし、この頃は、有力者や縁故が頼りだったのかもしれません。エリヤほどの預言者でも、イザベラの報復を恐れて逃げました。この世の権力をもたない預言者は、遠くへ逃げるしかなかったのです。しかし、権力者が多くの追っ手をかければ、勝目はありません。ウリヤは殺されてしまったのです。
 
 対するエレミヤは、「このとおり、私はあなたがたの手の中にあります。私をあなたがたがよいと思うよう、正しいと思うようにしなさい」(エレミヤ書26章14節)と命を張ることができました。

 そのようなエレミヤには、味方になってくれる有力者が現れました。いえ、神が味方をして下さったのです。

 しかし、シャファンの子アヒカムはエレミヤをかばい、エレミヤが民の手に渡されて殺されないようにした。(24節)









posted by さとうまさこ at 10:39| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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